中央線の停車駅はあるものの、特急は止まらない。率直に言って、交通の便は良くない。なぜ、そのような立地にもかかわらず、人々を惹きつけるのか。
BYAKU Naraiの運営責任者である鈴木賢治さんにお話を伺うなかで浮かぶキーワードは「ローカルラグジュアリー」です。
奈良井宿の歴史と魅力
奈良井宿は、中山道の宿場町として江戸時代から明治時代にかけて栄えてきました。標高1197mの鳥居峠の北に位置し、約1kmにわたって町並みが現存する、日本最長の宿場町です。中山道屈指の難所・鳥居峠をひかえて「奈良井千軒」といわれ、木曽十一宿の中では最も賑わった宿場で、古くから残る寺が点在し、まさに江戸時代に迷い込んだようにすら思える魅力があります。BYAKU Naraiは、江戸時代から続く造り酒屋をリノベーションして作られた宿泊施設。奈良井宿は重要伝統的建造物群保存地域として指定されており、外観の変更はほぼできません。そうした制約条件の中で、竹中工務店の寺社など伝統建築を手掛けるプロフェッシャルチームが設計・施工し、伝統の美しさを活かしながらも十分な快適性を備えているのが特徴です。
しかし、それだけではなく、奈良井宿という地域に対する深い敬意とつながりが随所に散りばめられているのです。内装も歴史や文化を尊重しつつ、鴨居や欄間などを含め、できるかぎり古材を生かしたリノベーションが行われています。フロントも、造り酒屋時代の意匠をできる限り活かし、酒造所として培ってきた歴史を感じさせる当時の図面や徳利などが効果的に配置されています。ただ、それは単に意匠的な意図だけでなく、地域に根付いた文化や生活を大切にし、宿泊客が体感するものとして、非常に機能しているように感じられました。
ローカルラグジュアリーの実現
BYAKU Narai は、もちろん十分にくつろぐことのできるラグジュアリーな宿泊施設です。しかし、ただ豪華なだけのラグジュアリーでなく、地域の伝統と文化を基盤にした「ローカルラグジュアリー」を実現しているといえるでしょう。単に贅沢や高価であるということではなく、その土地でなければ味わえない貴重で豊かな体験や時間を過ごすことができることを「ローカルラグジュアリー」と定義したいと私は思います。以前、この記事でローカルラグジュアリーという考え方を提唱しています。
地域の方々が誇りとともに育んでいる文化的あるいは経済的な営みにこそ、旅なれた旅行者が求める滞在や体験、ローカルラグジュアリーとしての価値を見出しうるのです。ローカルラグジュアリーとは地域の独自性や文化を活かし、訪れる人々に、その土地ならではの、特別な体験を提供する概念です。