またこうしたエピソードに関心をもち、地元の職人が作る漆器を購入したい、と宿泊客にこわれれば、通常、宿の土産物として販売されるでしょう。しかし、BYAKU Naraiでは、一切のお土産の販売を行っていないのです。
購入希望があった場合には近隣の職人の工房へ案内し、宿泊客が地域の文化や職人との触れ合うように意図し、地域と宿泊者がつながる特別な機会を大切にしているといいます。こうした取り組みから、宿と地域の職人や店舗とのつながりが生まれ、より良い関係性になっているのです。
さらに、BYAKU Naraiでは、地域の食材をふんだんに使った料理が提供されています。地元の伝統野菜や信濃川の源流から育った川魚、木曽の地酒、塩尻のワイナリーで作られるワインなど地域の恵みを、伝統を大切にしながらも、現代風にアレンジされた形で存分に味わうことができるのです。長野の郷土料理・おやきを大胆にアレンジした前菜や、長野の名物・鯉を熟成調理し、漬物すんきを生かしたソースで仕上げた一品など伝統や文化を活かしたコースメニューが続くのです。
これにより、訪れる人々はその土地ならではの味覚を楽しむことができ、地域の文化や風土に深く触れることができます。
特に注目すべきは、食材の調達方法。スタッフが毎日100キロ近くを車で移動し、様々な生産者の元を訪れ、食材を直接調達しているといいます。
配送業者に頼むのではなく、スタッフ自身が地域の生産者との関係性を築きながら、食材の出来や仕上がりを確認し、最適なものを仕入れる事が大事だ、という鈴木さんのこだわりによるもの。
だからこそ、スタッフと宿泊客との自然な会話の中に、農業者さんや産地のこだわり、詳細が出てくるのです。地元出身のホールスタッフとの会話の中が、顧客に寄り添い、そして地元への愛がにじみ出る具体的なエピソードの数々は、こうした一見非効率に感じられることからによって生まれているです。
年間1億以上 地域経済への波及効果
BYAKU Naraiの存在は、開設から3年と限られた時間の中でも、地域に新たな観光客を呼び込み、域内に消費を生み出しています。宿泊施設で使用される食材や食器、調度品はすべて近隣のものにこだわっており、地域の生産者や職人との連携が図られています。鈴木氏によれば、食材など直接の購買で地域に年間で1億円以上の消費が生まれているとのこと。さらに、前述のように漆器職人の元を訪れ土産を買い求める消費も、年間で数千万円に及ぶとのこと。宿泊客は欧米や首都圏・中京圏の富裕層が多く、1度に100万円以上の漆器を買い求めたアメリカ人滞在客もいたんだとか。
それだけでなく、宿で地域の魅力を体感した観光客の地域内での消費が促進され、新たな需要の開拓にも繋がっています。BYAKU Naraiは、全16室の小さな宿泊施設ですが、これまでとは異なる顧客層を呼び込むことによって、地域産業に大きな波及効果をもたらしているのです。