出版社にしか継承できない
──『地球の歩き方』が学研グループに事業譲渡されることについて、どう感じていたでしょうか。新井 まず、この事業は出版社が引き受けなければならないと思っていました。本人に確認したことはありませんが、当社トップの宮原(博昭・学研ホールディングス代表取締役)も同感だったと思います。
『地球の歩き方』のブランド力は高く、過去のコンテンツも充実しています。これほどのコンテンツメーカーは、出版社以外からも興味を持たれていたはずです。特にIT企業などは、大きな予算を用意しても欲しがるだろうと思いました。実際、世界ナンバーワンのガイドブック『ロンリープラネット』は2020年にIT企業に買収されています。
価値があるのは「旅人目線」の伝統
──インフラを持つIT企業がコンテンツの蓄積を欲しがるというのは、分かりやすい構図ですね。新井 そうですよね。しかし、『地球の歩き方』の価値は、マテリアル(素材)の良さだけではありません。必ず人が日本から現地を訪れ、旅人目線で歩き、調査をしてくる。地道な作業を愚直に積み重ねてきた、この「編集コンセプト」にこそ本質的な価値があります。
経済効率や合理性を考えれば、現地に住む人から情報をもらえばいいのですが、そこに旅人目線はない。つまり『地球の歩き方』が40年かけてきた暗黙知こそが財産であり、そこを引き継がなければ『地球の歩き方』ではなくなることが、出版社なら理解できるはずです。そこまで引き継がなければ、やがて陳腐化するという印象はありました。
出版物は社員編集者だけでは作れません。社員より長く、もしかしたら創刊時から動いてきた数多くの編集プロダクションだとか、ライターさんなど、外部の知見やクリエイティブが集まって作られます。ブランドを守るには、それも含めてそっくりそのまま、引き継げるかどうかにかかっています。こうした考えを理解できる出版社でなければ、『地球の歩き方』の事業譲渡は無理だったのです。
摩擦を生まない学研スタイル
──学研グループが持つ既存の編集事業体に組み込むのではなく、独立事業として再スタートさせるやり方にも驚きました。新井 たしかに実用書籍部門の一角に、ビッグ社の従業員を引き受けたとしても十分機能したとは思います。しかし、私の想像ですが、学研グループのスタイルを踏襲したということでしょう。
学研グループは主に教育事業で、数多くの塾のM&Aをしてきました。全国の塾に、私たちのグループに入っていただく時、いきなりブランド名を学研に切り替えるとか、学研の事業体に吸収するといった形は取りません。これには明確な理由があります。
私たちがお声がけする塾の多くが、地方のナンバーワンブランドです。東京の人は知らなくても、例えば熊本では知らない人はいない、といった塾です。地元では、学研のブランドより元々の看板のほうが強い。このため、ほぼすべて買収前のブランド名を引き継いできました。また、経営者層もほぼ100%引き継いできました。間違っても、植民地みたいなことはしません。
『地球の歩き方』でも、同じ考え方だったのだろうと私は思っています。学研グループとしての知見であり経営判断だと思います。