鍵は二項対立を避けること。創発性を高める思考法
正体不明の芸術家バンクシーは、個人ではなくチームだと言われています。世界に新しい意味を提示し、広く伝えていくために、役割の異なるメンバーが連携して動いているのでしょう。企業のイノベーションの現場では、連携の範囲が個人や小さな組織に閉じられがちだという課題があります。異なる文化やリチュアル(慣例)、パーパスをもつチームを一体化し、大きな規模で動かしていくために、アーティストから学べることがあります。それは思考法と、他社との協力方法です。特にアーティストが主体となり、相反する哲学をもつようなチーム間に、より上位概念の目標を設定することで、二項対立の状態を超越させ、両チームが協働できるように動かしていくことがあげられます。この領域は、優れた実績をもつアーティストやノーベル賞受賞者などから学べるでしょう。
この思考方法、行動様式については、研究が進みつつあります。博報堂DYホールディングスでCAIO (Chief AI Officer)を務める私の同僚、森正弥さんが、「サード・リアリティ と Polarity Thinking (両極思考)のすゝめ」という論考を出されていますので、関心のある方はご覧ください。この領域は今後の経営にとても重要なので、徐々に体系化していきたいと思います。
独自性を市場に「接合」し、ナラティブに伝える
アートの世界でも経営の世界でも、日本は極めて独自性が高いと感じています。地政学的にも自然に囲まれた島国ですし、言語も日本語の単一言語が基本です。文化的にも茶道などの「道」を起点として独自の発展を遂げ、独自の職人技が光る工芸の文化もあります。経営の観点でも、弊社ENND Partnersの共同創業者Tim Brown氏とこの日本の独自性、可能性についてよく語ります。しかし国際的な市場では、その良さを企業としての強みにまだ変えられていない部分があります。アートの市場では、欧米中心のコンセプト、コンテクスト重視の評価から、より多面的かつ多文化的な価値観への評価が進みつつあります。「アートバーゼル香港2024」でも、日本、アジアに加えて南米やアフリカなどのギャラリー、アーティストの作品が目立ちました。
同アートフェアでは日本の東京画廊から出品されていた関根美夫さんの作品が2024年にメトロポリタン美術館に収蔵されたと伺い、世界から日本的価値観への評価が高まっている様子を垣間見ることができました。受け手側の受容性が高まるとともに、国際的に活躍するアーティストやギャラリーが、その価値をグローバルのアート市場のコンテクストに合わせて「接合」する流れがあります。
これを、企業の人材に当てはめて考えてみましょう。経営の世界では、創業時からの歴史やブランド、商品の独自性を縦に深く掘り、価値体系をしっかりと構築すること。これが最初の第一歩です。アート思考ではより長い時間軸で過去と未来に拡張し、将来の兆しをとらえてその価値体系を作ることができます。
そのうえで、グローバル市場や顧客のニーズ、価値観に「接合」していくこと。これができると、国際的な市場でビジネススケールを拡大できるようになります。海外で高く評価される企業ブランドのユニクロやMUJI、MAZDAなどは、この一連の流れを経営のプロセスとして構築してきた好例かも知れません。