今春には、アジア最大級のアートフェア「アートバーゼル香港2024」にも参加してきたので、そこで得た収穫についても記したいと思います。まずは少し俯瞰的に、アートとビジネス、人材育成の関係性を見ていきましょう。
今、経営に求められる「3つのスキル」
私も委員として参加した経済産業省主催の「アートと経済社会について考える研究会」(2022年)では、アートと経済社会との適切な距離感について議論を重ねました。そこでは、企業に求められることとアートの関係性を、次のようにまとめています。昨今の企業経営ではパーパス経営が注目され、創造性豊かな人材の育成や事業差別化の必要性が高まっていること。そのため企業は創造性を軸に、共感性と創発性、独自性をもつことを求められているとしています。
背景には、例えばデジタル変革やグローバル化、製品機能の同質化、新市場開拓のための深い洞察が重要になっていることなど、さまざまなビジネス環境の変化があります。
特に日本の産業に目を向けると、ここ35年ほどで価値創造の要となる産業がシフトしています。平成元年(1989年)の世界時価総額ランキングでは、NTTが1638.6億ドルでトップとなり、日本の銀行4行が続いて日本勢がトップ5を占めました。20位以内にはトヨタ自動車(541.7億ドル)、日立製作所(358.2億ドル)、松下電器産業(357.0億ドル)など、B2Cの製造業もランクインしていました。
しかし、そこから35年を経た2024年6月初旬時点のランキングでは、上位の面々が様変わり。1位のマイクロソフト(3.09兆)に続き、2位アップル(2.95兆ドル)、3位にエヌビディア(2.7兆ドル)となり、日本企業は20位圏内から姿を消しました。
また、5月に発表されたボストン コンサルティング グループの「日本版バリュークリエーターズ・ランキング2024」では、過去5年間の価値創造の水準が高い業種の上位には「半導体」や「通信」「ITソリューション」が並び、ひと昔前まで日本の価値創造の中心だとされていた、最終製品としての自動車や家電は見当たりません。
産業構造が変化していくなか、日本企業にとってはパーパスを刷新し、イノベーション人材を育成すること、さらに産業の垣根を超えたグローバルの戦いで差別化を図っていくことが、生き残りの必須条件となっています。条件を満たすために必要なスキルが、共感性と創発性、独自性であり、重要性が高まっているのです。
「アートと経済社会について考える研究会」では、それら3つのスキルはアートと関わることによって磨かれ、特に企業のなかのイノベーションや新しい事業に関わる人たちへプラスの影響を与えるとしています。
日々の企業の経営層との議論でも、アート思考を単発の取り組みではなく会社の大事な要素、メカニズムとして組み込みたいという声をよく耳にします。では、日本らしさを発揮しながらイノベーションを起こすために、ビジネスリーダーはそれら3つのスキルについてアートやアーティストやアート作品から何を学べるのでしょうか。
課題発見や「支えるリーダーシップ」に効く共感力
産業の垣根が崩れ、グローバル化が進むなか、日本企業も欧州企業のように本業として社会課題解決型のビジネスに取り組むことが徐々に必然になってきています。そうした課題を発見するために役立つ共感性は、アートの出発点です。将来の人類や環境に何を残していくのかが、アーティストにも企業戦略にも問われています。また、リーダーシップのあり方がトップダウン型・ガバナンス型から、人に共感し、環境に目を向け、強制ではなくサポートすることでゴールを達成する形に変化しています。アーティストが内発的に行う問題提起や他者への共感、利他の精神が、経営のリーダーに不可欠なものとなっています。ただし、これができている大企業の経営者は、私の感覚では10%以下です。基本スキルですが、大きく学べる領域です。