一躍ベストセラー作家に
「最初はもう少し大きい出版社に企画を持ち込んだんですけど断られて、それで太田出版から出すことになったんです」後に一大ブームを巻き起こす『完全自殺マニュアル』執筆時の状況を、鶴見氏はそう振り返った。
「多くの本を参考に執筆しました。専門書籍に限らず、雑誌や新聞のバックナンバーであったり。他には医学や薬理学の専門家や、実際に自殺未遂を体験された方への取材もおこなって、一年ぐらいで書き上げましたね」
当時の鶴見氏は苦しい職場を離れ、フリーライターに転身したばかりだった。
「まだネットやSNSなどが普及していない時代でしたから、教室であるとか職場であるとか、自分が放り込まれた環境の中で人間関係を築いていくしかなかったんです。それが私にとっては大きな苦痛でした」
そんな状況下で発売された『完全自殺マニュアル』の大ヒットは鶴見氏自身にも予測できないことだった。一躍ベストセラー作家となった鶴見氏を取り巻く環境は大きく変化したという。
「本が売れることによって、色んな人が自分に近づいてきてくれるようになったんです。そうなったことでようやく、気が合う人と会えるようになりました。
人間同士が親しくなるには、やっぱりある程度の自己開示が大事だと思うんです。その点自分の仕事……記事を書いたり、インタビューを受けたり、というのは大きな自己開示でした。
たとえば、私はマニアックな音楽の趣味を持っていたりするんですけど、自己開示を起点に共通の趣味を持つ人と会うことができて。お互いを肯定し合うような人間関係が築けるようになったんです。今はもう少し簡単に繋がることができると思いますけど、当時は非常に難しいことでした」
こういった経験は最新作『人間関係を半分降りる』でも反映されている。
人間関係について考えるとき、私たちは人間関係があるか、ないかで考えてしまう節がある。つまり他者がいる状態といない状態(=孤独)を対極に置いてしまいがちである。
しかし鶴見氏は本書で「自分を否定してくる関係」と「自分を肯定してくれる関係」を対置し、孤独はその中間、無風状態であるとの見方を提唱している。
「人間関係がたくさんあるほど良いことだ、という風に言われがちなんですけれど、人間関係には悪い側面もあるっていうことが見落とされているんですよね。世の中では人間関係がすごく楽観的に捉えられすぎています。でも、そんなもんじゃないっていう気持ちがすごく強いんです。たとえば、本当に酷い家庭にいる人のケースを考えると、一人でいる方がいいに決まってますから」
苛烈な虐待やハラスメントが発生するような、「自分を否定してくる関係」の悪影響は計り知れない。それこそ、死が頭をよぎることもあるはずだ。
「『完全自殺マニュアル』も『降りる』ということについて提唱した本でした。いざとなったら死ぬという手もある、そういう選択肢を心の隅に置くことで気楽に生きていこうと。その点では共通しているところもありますね」
とは言え、令和になった今だからこそ書けることも多くあったそうだ。