とはいえ、2010年代半ばの中国、しかも前述のように浙江省では、巨大テクノロジー企業アリババの本拠地である杭州を擁し、スマホ経済とAIの著しい進展にともない、日本よりもはるかに進んだIT技術の社会化が実現され始めていたのである。
かつて筆者がアリババ本社周辺のホテルやショッピングモールを訪ねたとき、現地の人たちはもうスマホすら使わず、顔認証により商品の購入を行っていた。それは7年から8年くらい前のことで 、つまり『青春』が撮られていた時期と重なるのである。
2010年代の農民工は、2000年代の年長世代や、その半世紀以上前の1950年代の「集団就職」の時代の日本人も手にしたことのなかったスマートフォンを、当たり前のように持っていた。
それだから余計に、ミシンという旧式の産業マシンを未だに使う、時代に取り残されたようなアパレル工場の世界が、むしろ新鮮に感じられたくらいだった。
透明な存在であり続ける王兵監督
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実は、王兵監督は、『青春』に先行して製作された『苦い銭』(2016年)という作品で、今回と同じ題材と主要人物たちをすでに登場させていた。監督のまなざしは、世界が注視する先とは、最初から別の場所に向けられていたことがわかる。では、王兵監督のまなざしは、『青春』ではどこに向けられているのだろうか。
それを理解する鍵は、彼の最初の作品、「工場」「街」「鉄路」の三部作として発表された『鉄西区』(1999年〜2003年)にある。
この作品の舞台は、旧満州、中国遼寧省の瀋陽だ。かつて奉天と呼ばれ、清朝を興した満州族の故地としても知られる。
20世紀初頭、ロシアから南満洲鉄道の権益を受け継いだ満鉄は、奉天駅の西側の広大な農地を工業用地として買収。満州事変(1931年)後、本格的な経営に着手し、日本や地元資本の企業が相次いで進出、満洲国随一の巨大な重工業地帯を形成した。
中華人民共和国建国後の1950年代には、1000を超える工場と100万人の労働者が住んだ街、それが鉄西区である。
ところが、1980年代の改革開放を経て、1990年代以降の国有企業改革が進められたことで、この地区は衰退に向かう。