『弦楽四重奏曲第1番《極域エナジーバジェット》』を聴く
永井准教授はまず、グリーンランドの氷床コア掘削地点、ノルウェー・スバルバル諸島の観測拠点、南極の昭和基地とドームふじ基地の4カ所の極地で1982~2022年に収集され、公開されている環境データを音に変換した。使用したデータは、短波放射と長波放射、降水量、地表温度、雲の厚さを測定したものだ。続いてデータポイントの音程を調整し、第1・第2バイオリン、ビオラ、チェロの各楽器にパートを割り振った。単にデータを音に変換するだけのソニフィケーションと異なり、データの「音楽化」には人の手を加える必要があるというのが永井准教授の持論だ。
論文には「作曲の基本原則では、和声進行から楽章全体の構成に至るまで、緊張の高まりから緩和までの時間的反復をさまざまな音階で組み合わせる必要がある。聴衆の感情に積極的に介入し、働きかけることが必要だ」とある。
そこで永井准教授は、リズムを取り入れたり、特定の音を取り除いたり、自ら作曲したフレーズを追加したりといった独自の工夫を加えた。
地球に声を与える
音楽を通じて気候変動について語ろうと試みている人物には他に、海洋生態系モデリング研究者のリー・デ・モラや、ダニエル・クロフォードがいる。クロフォードは米ミネソタ大学の学生だった10年前、同大の地理学教授と共に、世界の気温データを音符に変換したチェロ独奏曲『A Song of Our Warming Planet(温暖化する地球の歌)』を作曲。さらに2年後、米航空宇宙局(NASA)の気温データに基づいた弦楽四重奏曲『Planetary Bands, Warming World(地球の緯度帯、温暖化する世界)』を発表した。
一方、作曲家のシモン・ヴァイスとシモン・スートルは、気候変動の影響を伝えるためにヴィヴァルディの『四季』を再解釈した。このプロジェクトは短編ドキュメンタリーに収録されている。
サンフランシスコ音楽院のベイツは永井准教授の作品について、モダン・クラシックに分類するのが最適だとの見解を示した。「永井は、かつて近代音楽の作曲家たちが無作為に見える音の配列から旋律を作ったようにデータを扱っている。その結果、表現力や情感は控えめだ」
その感覚は曲の主題に合っていると永井准教授は語っている。「冷めていて気まぐれで、人の共感を呼ばない旋律に感じるかもしれないが、自然の本質をよく表していると思う」
(forbes.com 原文)