データを音に変換するソニフィケーション(可聴化)という手法は、気候変動への関心を高めることを目的とした音響制作物をいくつも生み出してきた。ただ、その多くは一般的に音楽と呼ばれるものよりは、不気味な音風景と称したほうが近い。
立正大学の地球環境科学者で作曲家でもある永井裕人特任准教授は、ソニフィケーションを用いて気候データを音にする際、より伝統的な作曲技法を生かした音楽形態にしてみたらどうかと考えた。
こうして完成したのが、30年以上にわたる気候データを基に作曲された6分間の作品『弦楽四重奏曲第1番《極域エナジーバジェット》』である。エナジーバジェット、すなわち「エネルギー収支(熱収支)」とは、ここでは地球が太陽放射から受け取るエネルギーと地球表面から放出されるエネルギーのバランスのことを指す。
「このデータを表現するのに、弦楽四重奏の親しみやすい音色を選んだのには驚くばかりだ」と、サンフランシスコ音楽院の指導教官で作曲家のメイソン・ベイツは語る。「不可視のシステムに紐づけられた弦楽器の音のぬくもりが、耳に印象的だった」
この弦楽四重奏曲は昨年、東京で初演された。永井准教授は今月18日にオープンアクセス学術誌iScienceに掲載された論文で、制作の背景と作曲手法を詳述。ソニフィケーションと伝統的な作曲技法の組み合わせから生まれる可能性と課題に光を当てることをめざしたと説明している。気候データを基にした音楽はこれが初めてではないが、この作品が環境意識の向上のために制作される芸術作品の幅を広げ、より多くのアーティストが作品制作の素材として地球科学データを活用するきっかけになることを願っているという。