有名なのは、「千里香」(池袋、新大久保、新宿、上野)や「延吉香」(新大久保、御徒町)、「四季香」(池袋、上野、府中)などだろうか。
筆者がよく足を運ぶのは、池袋にある「千里香」だ。初めて訪ねたのは、もう15年くらい前のことだが、その後、友人たちを連れて行くようになったのは、この店で延辺由来の自動串焼き器を見かけたからだった。羊肉を指した金串が目の前でゆるゆる回ってまんべんなく焼かれていく様子を眺めているのが、のどかで楽しいのだ。
実は、筆者が最初にこの自動串焼き器を見たのは、中国吉林省の延辺を訪ねたときで、ついに日本にもそれが持ち込まれたのだなと思ったものだ。
延辺朝鮮料理は概ねこの自治州出身の人たちが営んでいるものと思い込んでいたが、最近そうではないことを知った。昨年の春にオープンした池袋の「鮮族烤肉」(豊島区池袋2-43-7)という店を訪ねたときだ。
「烤肉」は焼肉のことだが、店の名前に「鮮族」とあったので、吉林省の延辺出身の人の現地風焼肉の店だと思ったら、遼寧省瀋陽市にある西塔という中国最大のコリアタウン出身の朝鮮族がオーナーだった。
西塔は、1992年の中韓国交回復以降、地元の朝鮮族だけでなく、韓国資本の店が軒を並べる通りであるとともに、北朝鮮の経営するレストランもあり、ユニークな街である。
実際、中国の朝鮮族は東北地方各地に広く住んでいるが、韓国にも約40万人いると聞く。ソウルには「ヤンコチ通り」(ヤンコチは羊肉串の韓国語)と呼ばれる延辺風羊肉串を出す店が集まるエリアもあるらしい。
都内にいながら、これらの店の扉を開くだけで、このようなディープな食の体験ができるのがいまの時代である。新しい店に出合うたび、筆者はいつも驚きとともに、日本に生まれつつある多文化社会の広がりにどこまで自分の想像力がついていけるのだろうかと思ったりもするのである。