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2024.04.15 15:30

汚泥脱水機を世界77カ国へ。小さくても強くなる事業承継の物語 |アムコン

グローバルという舞台に、広い業務範囲と裁量。水を得た魚の如くイキイキし始めた相澤は、会社に対してもさまざまな提案を行った。例えば社員に配っていた事業計画に関する冊子を、大胆にリニューアルすることを提言した。冊子は佐々木の肝いりで毎年作成しており、社員にとってはアンタッチャブルなもの。しかし相澤は忖度なく提案し、佐々木もそれを受け止めて冊子は刷新された。

遠慮なく言い過ぎたと後悔した日もある。23年5月の経営会議。佐々木に「今年の方針を、現場が理解できるようにもっと具体的な内容に落とし込んでほしい」とクレームをつけた。翌日、呼び出された相澤は「やり過ぎた。怒られるかもしれない」と覚悟して社長室に行ったという。

しかし、佐々木が発したのは意外な言葉だった。「相澤さん、社長をやらない?」

真意を佐々木はこう明かす。

「会社を継いで16年。自分なりにできることはやり尽くしました。さらに上を目指すには、自分がやってきた改革をひっくり返すドラスティックな発想が必要です。若いパワーならそれが可能で、相澤は私より9歳若い。実際、オーナー経営者の私に対してみんなものが言いにくいなかで、相澤はきちんと意見をぶつけてくれました。少し前からバトンタッチを考えていましたが、前日の会議で噛みつかれて、託すなら彼だなと思いました」(佐々木)

16年前は個人保証付きの借り入れが多くて親族以外に事業承継することができなかった。しかし、業績が良くなって有利子負債は減り、残ったものも金融機関との交渉でほぼ個人保証が外れている。

現在、佐々木は50歳。アーリーリタイアするにしても早すぎるのではないかと尋ねると、「会社を良くすることを先延ばしにする必要はない」(佐々木)。オーナー経営者にとって引き際は難しいテーマのひとつだが、佐々木の言葉から迷いや未練は感じられなかった。
佐々木昌一会長(左)と相澤学社長。

佐々木昌一会長(左)と相澤学社長

バトンを継いだ新社長が描く世界戦略

アムコンの海外事業は創業者が種をまき、2代目が大きく育てた。納品した国は77カ国に及び、22年度には初めて海外の売り上げが国内を上回った。バトンを受け取った相澤の頭のなかには、すでに成長の絵図が見えている。国内市場では汚泥脱水の前後のプロセスまで手を広げてさらなる成長を目指すが、やはり成長のエンジンは海外市場だ。「世界最大の市場はアメリカです。アメリカは“安かろう悪かろう”より、多少高くても合理的で生産性の高いものを好む傾向があり、アムコン製品は親和性が高い。
(左)アムコンの自社工場では、汚泥脱水機「ヴァルート」シリーズをはじめとする自社製品を組み立て・製造している。(右)製造に はベテラン技術者たちの高い知識と技が光る。

(左)アムコンの自社工場では、汚泥脱水機「ヴァルート」シリーズをはじめとする自社製品を組み立て・製造している
(右)製造にはベテラン技術者たちの高い知識と技が光る

実際、代理店と組んで積極的に開拓を始めたら、年間50台のペースでわが社の製品に置き換わり始めました。2030年には海外拠点を5カ所、海外売り上げは現在の3倍にしたい」(相澤)

働く人を快適にする製品の社会的意義と、グローバルビジネスのダイナミズム。それらが相澤を突き動かす原動力だが、近年もうひとつ加わったものがある。「昨日、群馬のお客様施設にお邪魔したんです。汚泥は処理の過程で化学反応を起こして匂いが変わるのですが、昨日の現場は鉄分のような匂いがして、思わず『めちゃくちゃいい匂い』と言っていた。いつのまにか汚泥が好きになっていて、自分でも驚いてます」(相澤)

相澤の汚泥愛は世界に届くのか。新社長の手腕に注目だ。

相澤 学◎1982年、東京都生まれ。鉄鋼メーカー、商社の資源エネルギー系部門で勤務の後、イギリスへMBA留学。帰国後、外資系コンサル会社を経て、2017年にアムコンに入社。海外事業の営業責任者として海外を飛び回り、販路拡大に大きく貢献した。23年10月より、同社代表取締役社長に就任。現在は海外事業責任者も兼任する。

文=村上 敬 写真=佐々木 康 ヘアメイク=MIKAMI YASUHIRO

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年4月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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