堀越耀介(以下、堀越):その実感はあります。僕は東京大学で哲学の研究をしているのですが、最近は企業からのお声がけが増えていて、哲学的なアプローチを用いてキャリア開発や新規事業の立ち上げを支援しています。僕が大学に入学したころは、「哲学科に入ったら人生が終わる」と言われていて、実際に博士をとってからも就職先は少なかったのですが、今は働くことについて哲学的に考えなければいけないような時代になってきた。
岩崎由夏(以下、岩崎):見方を変えるとすごく贅沢な環境ですよね。もともとは衣食住を揃えるために働いていたのに、今はそれが当たり前で、その上の幸せを考えるようになったわけですから。
堀越:衣食住も考える土台もあるのに、「自分」がない人は少なくないですよね。よくあるのが、転職したいと思っているけど、何になりたいのかはわからないという人。僕からすると衝撃です。やりたい仕事があるから転職するのではないんだと。
岩崎:日本には1000万人の転職希望者がいるのに、実際には350万人しか転職していないという調査結果がありますよね。私の知り合いにも、ずっと転職したいと言っているけど、何年たっても同じ職場にいる人がいます。
福田恵里(以下、福田):失敗したくないという心理もあると思います。ネットで調べたら、いろんなものの正解に最大効率でたどり着ける時代になって、転職するにしても正解を見つけるまではずっとリサーチしたいし、最初の1歩を間違えたくないから踏み出せない人って多い気がして。今まで他人が考えた価値観や正解を刷り込まれて、そこにたどり着くための力ばかり培われてきたから、自分なりの正解を見つけられないでいる。
麻布:幸せそうに働いている人って少ないと思うんです。みんなライスワークを黙って耐えるか、現状に文句を言うかになってしまっているのでは。
岩崎:私の友達はそういう人のことを「ゾンビ」って呼んでいますよ(笑)。30代中盤ぐらいになって、いい会社に勤めてお金もあって家族も築いているけれども、本人としては、面白くない今の職場にしがみついている。最近だと「静かな退職」というやつですね。
麻布:僕は、そういう人は必ずしも不幸せではなく、自分の人生の期待値と自分の実力が釣り合っている状態でもあるんじゃないかと思っています。「ミレニアル病」と勝手に呼んでいますが、「死ぬこと以外はかすり傷だからどんどん挑戦しよう」みたいな風潮が僕ら世代で跋扈していましたよね。その背景には、努力は必ず報われるという自己責任論がある。でも、すべての人が仕事で頑張れるわけじゃないし、頑張ることで幸せになれるわけではない。