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2024.03.18

「世界一複雑なプロジェクトマネジメント」地球上最大プロジェクトITERを率いる秘訣

大前敬祥|ITER 首席戦略官

世界35カ国が参画する地球上最大のプロジェクトにおける首席戦略官の日本人がいる。世界中から集う人たちを率いる際に大切にしていることとは何か。


地上に太陽を生み出す──。日本、米国、中国、欧州、インド、韓国、ロシアの世界7極、35カ国が参加する、地上で最も大規模な国際プロジェクトが「ITER(イーター)計画」だ。

このプロジェクトでは、核融合実験炉「ITER」の建設・運転によって、恒久的なエネルギー源と目される「核融合エネルギー」の実現性を科学的・技術的に実証することを目指している。兆円単位の金額が投じられ、現在は総重量が2万3000トンにもおよぶ大型実験炉の建設が南フランスで進む。

計画を推進する国際機関の「ITER機構」は、2007年に設立された。南仏に本部を構え、世界から集まった1000人超の技術者や研究者が業務に従事する。そのメンバー構成は多様で、一部の出身国が過半数を占めることはなく、全員がマイノリティという状況。

そんな国も仕事も異なるメンバーが集まる組織で未曾有のプロジェクトマネジメントに挑んでいるのが、組織で唯一の首席戦略官を務める大前敬祥だ。18年に同機構に参画、ITER計画の全体戦略立案・策定、また機構長室副官房長として各国との調整や交渉を担当している。

「最終的には機構長が意思決定するのですが、プロジェクトのなかで注力すべきポイントを先回りして見つけて提案することが、首席戦略官である私の仕事です」

実験炉の建設は、参加各国で製作された部品がもち込まれ、それを組み立てるかたちで進められる。そのため国際情勢に大きく影響を受け、ロシアによるウクライナ侵攻では部品の運搬や原材料の調達で調整が必要となるケースもあった。コロナ禍を経てそもそもの計画の見直しを迫られ、25年に初期運転開始としていたスケジュールも数年の後ろ倒しが見込まれている。この世界的に見ても複雑な巨大プロジェクトを、いかに遂行しているのか。

大前は、「そもそも機構スタッフの計画に対するエンゲージメントが非常に高い」と話す。彼ら・彼女らは「核融合エネルギーによって人類の未来を創る」というミッションに共鳴し、本当にそれを実現しようと計画に参加しているからだ。

「ITER計画の始まりは1985年までさかのぼりますが、当時からミッションは変わっていません。その根本に基づいて、何かに悩んだときには『これはITERのためなのか』と突き詰めて、出自に関係なくプロフェッショナルな判断をする。計画に関与する人たちが各々、意識して実行しています」

また、実験炉の建設には各国からもち寄られた最先端の技術が注ぎ込まれている。そのため、行われる議論も技術論をベースに進められ、実際にデモンストレーションを見せながら合意形成していくこともあるという。その点、「日本は技術的に確かなものを見せていく底力が強い」と大前は振り返る。「議論が割れたら、最終的には『どちらが将来の人類の核融合にとって貢献できるのか』という観点で判断を下します」。

ITER計画で実験炉による実証を行ったあと、実際の発電を原型炉で実証し、ようやく商用炉での発電による電力供給がかなう。しかし、原型炉の稼働は2040年代、商用炉の実運用は今世紀後半の見込みと、核融合エネルギーの活用実現には数十年という時間がかかる。

その長期的かつ高い目標の達成は、「均質的な集団では難しい」と大前は話す。メンバーの多様性が重視され、機構に所属するのが日本人は4%弱、アメリカ人も3%、中国人が9%というように少数ずつの内訳なのもそのためだ。
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文=加藤智朗 写真=ヤン・ブース

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年3月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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