「民主主義の自殺」と人類の未来

かつて、筆者が「世界経済フォーラム」(ダボス会議)の専門家会議のメンバーであった時期に、世界中から集まった政治分野の専門家の会合に招待され、参加者で「優れた国家リーダーの条件」について議論をした。

この会合には、国際政治学者であるイアン・ブレマー氏も出席していたが、いつもながら、彼の鋭い視点での議論は傾聴に値するものであり、出席者一人一人の意見も、それぞれに頷けるものであった。

しかし、筆者は、「優れた国家リーダーの条件」の議論において、いつも欠落してしまう視点があると感じていたこともあり、この会合の最後に意見を求められたとき、率直に、こう述べた。

Without wise people, we cannot have wise leaders.

すなわち、「賢明な国民がいないかぎり、賢明な国家リーダーは生まれてこない」との意見であるが、現在の世界の政治状況を見るならば、それは、深刻な事実であり、真実ではないだろうか。

例えば、これまで民主主義制度の「鑑」のように考えられてきた米国で、いま何が起こっているか。前回の大統領選挙において、自身が敗北した選挙結果を認めず、「票が盗まれた!」「不正な選挙だ!」と証拠も示さず決めつけ、支持者を煽りたて、死者が出るほどの連邦議会襲撃の暴動を誘引した人物がいる。そして、この人物は、その犯罪行為に対して行われた裁判も、「魔女狩りだ!」の言葉で一蹴し、事実に反する情報を平然と述べ立てている。

しかし、残念なことに、この人物が、現在、所属政党支持者の中で圧倒的な人気を誇り、次の大統領選挙で勝利する可能性さえ、現実的に論じられている。

だが、もし、「制度と法律を守る」「事実と真実を尊重する」「虚偽と不正を排する」といった民主主義の土台を破壊するこの人物が、民主主義的選挙制度を通じて選ばれるのであれば、それは、文字通り「民主主義の自殺」と呼ぶべき悲劇であろう。されど、実は、この深刻な問題の本質は、この元大統領という人物の常軌を逸した言動ではない。

最も深刻な問題は、民主主義を破壊し、地球環境問題を無視し、自国の利益追求だけを声高に語る人物を大統領に選ぼうとする、人々の側にある。

すなわち、こうした「ポピュリズム」(衆愚政治)が生まれる真の原因は、大衆迎合的政策を振り撒く政治家の側にあるのではない。その政策と政治家を、広い視野も深い思考も持たず、安易に受け入れてしまう、我々の側にある。されば、現在の米国の憂慮すべき政治状況は、アメリカ国民の意識が「鏡」のように映し出されたものに他ならない。

この「ポピュリズム」の問題は、人類の歴史を通じて存在し続けてきた問題であり、そこに容易な解決策は無いが、少なくとも、我々は、この21世紀前半期における世界の民主主義の脆弱さと浮薄さを、直視しておくべきであろう。
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文=田坂広志

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年4月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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