理想への執着がもたらす悪影響
こうしてあらゆる国から参加者が集まっているため、機構では公用語として英語が用いられている。マジョリティが不在の組織で大前が気づいたのは、「書くことの大切さ」だという。口頭でのコミュニケーションは、多様性をもつ組織では誤った意図で内容が伝わる可能性も高い。テキストであればあとから確認でき、チームとの共有も容易だ。また、その書いた内容についても、想定外に異なる意味で受け取られるケースがある。例えば特定の文化圏では、同じ英語表現が別の用途で使われているかもしれない。
「少ししつこいぐらいにコミュニケーションする。ちゃんと伝わるまで、繰り返し書くなどするのが大事です」
人類の抱えるエネルギー問題の解決を目指す壮大なプロジェクトで陣頭指揮を執りながら、リーダーシップについてどう考えているのか。大前は、「世の中は聖人君子、立派なリーダー像にとらわれ過ぎているのではないか」と疑義を呈する。理想にとらわれるあまり、それが閉塞感につながり、組織に悪影響を及ぼすのではというのだ。大前自身は、世界規模の複雑なプロジェクトマネジメントを「自然体で楽しんでいる」と話す。
「『修身斉家治国平天下』、自分の行いを正しくして身を修め、家庭を整え、国を治めて天下を平和にするという儒教の教えが好きで、ひとりの生きる人間として1日を楽しんで、良いかたちで終えて次に向かっていく。それがだんだんと、まわりの人にも波及し、引いては次世代、もっと将来の世代にもつながっていくように思います」
おおまえ・たかよし◎ITER Chief Strategist(首席戦略官)。NTTコミュニケーションズ、PwC Strategy&(旧PRTM)を経て、2018年より現職。ITER計画における全体戦略の立案策定、実行支援に従事。コロナ対策本部等を指揮。