画面2では、賃金の伸びが物価上昇率に追いつかない労働者が浮かぬ顔をしている。不祥事と内紛に揺れ、右往左往する政治指導者の姿も見える。安倍政権は構造改革よりも金融緩和を優先したため、企業経営者は利益を労働者と分かち合おうという気にならず、そうしていいという自信も持てなかった。いわゆるトリクルダウン効果(大企業から中小企業、家計などへの恩恵の波及)は起こらなかった。
主に若手起業家たちのインタビューに基づくカッツの深く掘り下げた研究は、そんな日本で改革プロセスを再起動するためのさまざまなアイデアに満ちている。
世代間の考え方の変化など、先に述べたような大きな潮流を乗りこなす方向に日本株式会社の舵を切るというのはその一つだ。ほかにはジェンダー・ダイナミクス(さまざまなジェンダーの人の相互作用や関係)の変化、グローバリゼーションによる「刺激」効果なども挙げられている。
カッツは「表面的には、日本経済は手の施しようがないほど停滞し、政治の対応も落胆するほど鈍いように見える」が、その裏では「市民社会の地殻変動」と言えるような大きな変化から「希望」の芽が育っているとの見方を示す。
カッツの主張の要点は、日本は「ゾウ」(大企業)ではなく「ガゼル」(新興企業)が増えるように税制や規制を改革すべきだ、というものだ。日本はより大きな変革が切実に求められているにもかかわらず、依然として大企業病を抱えているとカッツは指摘する。
日本には広範でしっかり機能する社会的なセーフティーネット(安全網)がないために、その役割をゾウ、つまり大企業が代わりに担っている。
「そのため、ゾンビ企業を延命させるように強大な政治的圧力がかかることになる」とカッツは説明。「もし政府がしっかりしたセーフティーネットを整備していれば、企業がつぶれても、その従業員が新しい企業に移るのはもっと容易になるだろう」と論じる。
必要なのは、ゾンビ化したゾウ企業を生き長らえさせることではなく、新たなガゼル企業の育成を支援することだ。ガゼル企業とは、創業5年未満の高成長かつアジャイル(機敏)な企業を指す。日本のベンチャーキャピタル(VC)シーンは米国などほど活発ではないので、起業家は十分な資金調達に苦労しがちだ。そのため、早すぎる段階で上場するスタートアップが多い。しかし上場後は、創業者は株主から短期的な利益への圧力にさらされるため、大きなリスクを取るには遅すぎることになる。
日本の当局者はいまだに「ゾウを、しかも死にそうなゾウすら優遇し、ガゼルを希少種にしてしまっている」とカッツは書いている。「日本政府による企業の研究開発(R&D)への財政支援のうち、従業員250人未満の企業向けは8%にとどまり、先進国のなかで最低だ」