スタートアップ

2023.12.29 08:30

シリアルではない起業家のためのコンパウンド・スタートアップのフレームワーク

縄田 陽介

年商100億円を超えるような急成長企業を目指す日本の起業家にとって、新分野(プロダクト・市場)への進出は基本的に不可欠です。市場規模にもよりますが、そのスケールで急成長を維持できるプロダクトの数はごく一握りに限られるからです。そのため、事業拡大への道筋は一本道ではなく、うまくリソースを使っていく戦略の戦いと表現するほうが適切でしょう。

この戦略の要となるのは「タイミング」です。スタートアップ企業は通常、年商が10億円程度に達するあたりで、それまでの指数関数的な成長フェーズから徐々に横ばいになりはじめます。この減速の要因はいくつかあり、アーリーアダプター層の掘り起こしが済んだことによる場合もあれば、市場の飽和が原因となるケースもあるでしょう。

いずれにしても、スタートアップ企業が上位25%の成長率を維持するためには、事業拡大の必要性に迫られるまで待つのではなく、そのずっと前から積極的に計画していかなければなりません。一般的なイメージと異なり、プロダクト・マーケット・フィット(PMF)はシードステージで一度達成したら終わりというものではないのです。どこよりも成功する企業というのは、新しい領域に進出するたびにPMFを模索・達成するというサイクルを常に繰り返しています。

こうした戦略を反映し、スタートアップ用語として近年広まっているのが「コンパウンドスタートアップ」です。コンパウンドスタートアップは、複数のポイント・ソリューションに同時に取り組み、相互運用可能な広範なプロダクト群を開発するビジネスのことです。

たとえば、同概念に基づいて起業家パーカー・コンラッドが立ち上げたスタートアップ「Rippling」は、人事やIT、財務をまたぐ統合プラットフォームを構築しています。また、日本での例としては「LayerX」が挙げられるでしょう。

このようにシナジー効果が望める複数の領域に拡大するビジネスモデルで起業することを、個人的には全面的に応援していますが、一点留意が必要だと考えています。というのも、コンパウンドスタートアップ関連のアドバイスが実のところ、シリアルアントレプレナー(連続起業家)以外にはあまり意味がないという点が一般的に軽視されているようだからです。

パーカーも、LayerXの創業者である福島氏もシリアルアントレプレナーです。だからこそ、異例のスピードで資金や人材を集めることができました。

しかし、ほとんどのスタートアップにはそのようなリソースはないため、いつ、どこに進出するかをより現実的な視点で考える必要があります。彼らとはそもそもの前提が根本的に違うのです。

「普通の起業家」にとっては、優先順位付けや戦略的プランニングが非常に重要になります。そこで、新規事業のアイデアを検討するためのプロセスを明確化するツールとして、以下のシンプルなマトリックスを考案しました。

縦軸はTAM(Total Addressable Market:実現可能な最大の市場規模)で、TAMが大きいほど潜在的な事業拡大余地が大きいことを示しています。

横軸は「総合的な難易度」で、これは自分たちのスタートアップが特定の分野に進出することの難しさに影響するすべての要因を総合的に表しています。既存の強みや競争環境、事業のエグゼキューションの難しさなどが挙げられますが、「難しさ」に影響する要因は様々なものが考えられます。たとえば資本集約度や規制対応の必要性、オペレーションの複雑さなども含まれるかもしれません。


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文=James Riney

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