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2023.12.02

「ガイアナ危機」はあり得るのか ベネズエラ、油田地域併合へ国民投票

ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領。2023年4月、カラカスの大統領官邸で(StringerAL / Shutterstock.com)

ベネズエラの国会(透明性が低く、非民主的な機関に成り下がっている)は、隣国ガイアナ西部のエセキボ(エセキバ)地域の地位を決める国民投票を、12月3日に実施することを承認した。国際的な注目を浴びないように、ウクライナとイスラエルの危機が同時に進む時期を見計らって決められた、非常に重要な動きだ。問題は、エセキボはベネズエラの一部ではなく、スペイン帝国の時代以降、一度もそうだったことはないという点に尽きる。ガイアナの国土のおよそ3分の2を占め、石油資源の豊富なエセキボは、ガイアナの一部として国際的に認められてもいる。

ガイアナは、英植民地時代の1899年に国際仲裁裁定で定められた現在の国境が有効だという立場だ。これに対してベネズエラは、エセキボ地域の東を南北に流れるエセキボ川が自然の国境になっていると主張し、1899年の裁定は「無効だ」と退けている。紛争を解決するため外交努力が重ねられてきたが、おおむね失敗に終わっている。歴史を振り返ると、ドイツ、英国、イタリアの3カ国が債務返済を求めてベネズエラの港を封鎖した1903年のベネズエラ封鎖が転機だった。米国の仲介による和平交渉で現在の国境が重ねて認められ、以後適用される法的な前例が確立された。

ガイアナの独立に際して1966年にベネズエラと英国が署名したジュネーブ協定では、どちらの主張が正当かは確認せず、紛争の外交解決に向けた指針が示された。1980年代後半には、ガイアナとベネズエラ双方の友好国で、実質的な権限をもたない第三国が支援する「グッドオフィス(周旋)」方式による直接交渉で進展がみられた。ただ、最近は2018年、ガイアナの要請を受けて国連がこの問題を国際司法裁判所(ICJ)に付託し、審議が続けられている。

エセキボは両国間の長年の懸案だったが、今回の国民投票の動きまで、ベネズエラが現状変更を積極的に進めようとしている兆候はなかった。このタイミングでの国民投票は、ニコラス・マドゥロ大統領の決断が国内政治に動機づけられていることを強く示唆する。同時に、領土拡大によって国を豊かにできるかもしれないという判断もあるのかもしれない。だが、仮にベネズエラ(世界最大の原油埋蔵量を誇る)がさらに石油資源を獲得できたとしても、現在保有する原油の輸出にすら自国の問題で支障が出ている状況を見れば、国の役に立つとはとても思えない。

ウクライナでの戦争の影響でロシア産原油が西側市場から締め出され、さらに中東でも緊張が激化するなかで、米国はベネズエラと外交面で再び関わりをもつようになった。米国はベネズエラのチャビスタ(チャベス派、ウーゴ・チャベス前大統領の支持者)左派政権に対する制裁を徐々に緩和しながら、ベネズエラ産原油をひっそりと世界市場に復帰させた。しかし、制裁の緩和がベネズエラの自由な選挙につながると米政権が考えているのだとしたら、それは間違いだ。マドゥロとそのチャビスタ体制はロシアと中国に支えられており、キューバの共産主義者たちと同様、自発的に権力を手放そうとはしないだろう。

新たな石油収入によって持ち直したマドゥロ政権は、国民の関心を次期選挙(編集注:政府と野党側は2024年後半の大統領選挙の実施で合意している)からそらそうともしている。国民投票はそれに好都合だ。この国民投票はナショナリズムをあおるだろうし、エセキボに関する政府の立場は反チャビスタの野党勢力の間でも受けがいいから、選挙戦でマドゥロにとって有利に働く可能性すらある。ベネズエラ国民の間ではマドゥロ政権による数多くの破滅的な政策に対する反発が広がっているが、エセキボに関する政府の立場はおおむね支持されている。政権側はエセキボをめぐる国民投票に、危機などの際に支持率が高まる「旗下結集効果」を期待しているとも考えられる。野党の指導者らを、国益に反して米国に同調する裏切り者として印象づける機会にしようとも考えているかもしれない。
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翻訳・編集=江戸伸禎

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