トランプ政権誕生のころ、中国の有識者たちは強気だった。米国何するものぞ、遠からず経済規模でも追いつき追い越す。途上国は中国の味方だし、AIIB(アジアインフラ投資銀行)と一帯一路戦略がある等々、21世紀半ばまでには中国が世界のリーダーになるという論調が支配的だった。
南瓜餅を食べながらそのことを聞くと、学者が言葉を選びながら「基本強気だが、米国をあえて敵に回す必要もない。両国の円滑な関係が全球的に重要だ。わが国は主張すべきことを主張しつつ、アメリカとうまく折り合っていけると思う」と応じた。
すると、経営者が戸惑いがちの表情で囁いた。「今のままではまずい。こんな時代が5年続くのか、10年続くのか。市場も民営も厳しいが、何を言ってもダメだから諦めている」。途端にマスコミ人がたしなめる。「政治に絡む発言はやめたほうが良いよ」。
気まずい空気が流れたので、私は日本の話題に水を向けた。経営者が意外な見解を口にした。「日本といえば、失われた30年が通り相場だが、ここへ来てその見方は誤りだと考え直している。国民はまだまだ豊かだ。それに米国は分断、英国は政治的に大混乱、ドイツ経済は急降下、フランスはずっとさえない。日本が先進国のなかでいちばん安定しているし、格差も小さい。30年間、走ってはいなかったが止まってもいなかった。その結果、日本が勝ち残っているんだ」。
これから中国にこそ長い失われた時代が来る、と言いたかったのかもしれない。
帰路の北京空港はほとんどのショップがシャッターを下ろし、土産も買えない。人も少ない。どことなく寂しい中国の写し絵なのだろうか。
成田空港は別世界だった。入出国ともに人であふれかえり、ショップは大繁盛だ。旅行者たちの喚声がそこら中で湧き上がる。なるほど、日本の30年は失われてはいなかったのかもしれない。
川村雄介◎一般社団法人 グローカル政策研究所 代表理事。1953年、神奈川県生まれ。長崎大学経済学部教授、大和総研副理事長を経て、現職。東京大学工学部アドバイザリー・ボードを兼務。