他方、フランスの強みを発揮した旧ラグジュアリーはどちらかといえば非日常に憧れる気持ちを刺激することで市場をつくってきたので、「日常生活を脇においてみせるのが得意である」とも言えるでしょう。その点からすると、旧ラグジュアリーは日常生活の豊かさを謳歌するにさほど熱心ではない風を装います。
そこから、もう一つ別のことに思い至ります。中野さんが富山で講演されたテーマは「文化的景観」であったとのことですが、文化的景観とは外ならぬ日常生活の景観を指すものでしょう。
2月に「21世紀に世界遺産となったイタリアの『単なる田園風景』の価値」という記事を書きましたが、2004年、トスカーナ州にあるオルチャ渓谷の田園を主とした景観がユネスコの世界遺産に登録されました。有名な建築があるわけではなく単なる田園が続く地域です。そこに文化的景観の深い意味が認められたのです。
2014年、ピエモンテ州のランゲ・ロエロ・モンフェッラート地域、2019年にはベネト州のコネリアーノとヴァルドッビアーデネ地域、それぞれが葡萄・ワインの地として同様に田園風景が世界遺産に登録されました。他方、オルチャ渓谷は何よりも都市と田園のバランスが評価されたようです。日常性の質が焦点になっているのは言を俟たないです。
権威と結びついた重々しい歴史的遺産ではなく、テクノロジーに依拠し過ぎた未来像でもなく、今、現実にある日常の風景の質にいかに拘るか? そこに新しくつくる文化の息吹をどう入れていくか?これらの点が新しいラグジュアリーのテーマですよね。それも先端的実験の意味合いが強い。これがラグジュアリーである所以です。