「もちろん、未来のことは置いておいて今を楽しもうという意味でもなく、目標を立てることを否定するわけでもありません。それでも、結果だけを重視する世界に生きている限り、彼我の優劣を比べる思考から逃れられません。客観的な数値評価は強い影響を放ちますが、それに抗いながら、自分にとっての過程の価値を見つけ、高める視点をプロダクトや他者との関係のなかに埋め込もう、ということです」
また、渡邊は「ゆ理論」の効用を以下のように述べる。
「いずれもやや抽象度が高い言葉ではありますが、こうしたシンプルでしっくりくる言葉を頼りに考えていくと、結果として『わたしたち』に向けて思考がなされます。サービスやプロダクトを具体的な形にする前段階で、そこに『ゆらぎ・ゆだね・ゆとり』はあるか? と問うことで、対象が『わたしたち』のウェルビーイングから大きく外れたものにはなりにくいと考えます」
「ゆらぎ・ゆだね・ゆとり」の視点は、さまざまな情況、サービス・プロダクトに適用できる。一人で生きることの指針にすることもできるし、人と人、人とプロダクトの関係でも考えることができる。それぞれにあったかたちで、ちょうどよさが見出され、それについて対話していくことが、結果として「わたしたち」のウェルビーイングに資するサービスやプロダクトにつながると二人は考えている。
ぬか床からの気づきと学び
「ゆ理論」を実際に使った場合、どのように思考することができ、どのような広がりが見られるか。「ぬか床の研究をしている」というチェンが、ぬか床と人の関係を「ゆ理論」に当てはめて説明してくれた。「ぬか床は日々かき混ぜる必要があるのですが、その行為を通して、人の発酵に対する感覚や味覚が澄んでくるし、出来上がったぬか漬けを食べたり、糠を触っていたりしているうちに、微生物の一部が人の体に移るという変化も起こります。ぬか床そのものも、混ぜる人によって味が少しずつ『ゆらぎ』、良い状態と悪い状態を行き来します。
そして、発酵現象は微生物たちへの『ゆだね』そのものです。でも、機械のように全自動でお任せというわけではなく、人が微生物たちの生きる環境を整えるというかたちで関係を結んでいます。
『ゆとり』という意味では、日によって変わる漬物の味と向き合っているうちに、美味しさの定義が多様化し、日々の変化そのものを楽しむことができるようになる。ぬか床は数百年の歴史があり、新しいプロダクトではありませんが、わたしはぬか床と会話ができる『Nukabot』というデザインを作り、テクノロジーを使ってぬか床本来のゆらぎ・ゆだね・ゆとりをどう捉えられるかという研究をしています」