「『変われる』というのは、能力をひたすら高めるようなマッチョで線形な時間のイメージではなく、上がったり下がったり、ときに回り道をしながらも、自分たちの生きる場所が徐々にかたちづくられていく長い時間のイメージです。なので、『ゆらぎ・ゆだね・ゆとり』は、0〜100点の中で高得点を目指すガイドではなく、いろいろな極のあいだで望ましいポイントを見つけるスペクトラムとして捉えています」
人だけでなく、サービスやプロダクトも変わる
まず、「ゆらぎ」について。ゆらぎのデザイン領域は、それぞれの人にとっての望ましい変化の内容とタイミングを考える。どんなプロダクトやサービスでも、それを使うことを通して人や関係性は変化する。テクノロジーで多いのは、利便性や効率性を上げることで、時間を節約できるというストーリーだ。それに対してチェンは、「でも、スマホは強い中毒性を持っているので、依存しすぎるという矛盾も起きます。そこで『ちょうどよい人とスマホとの関係は、どういう風にデザインできるのだろうか』という問いが立てられる。この時、人だけではなく、プロダクトもゆらぐと考えるのがヒントになります。わたしだったら、使い方に応じて挙動がゆらぐスマホやアプリを考えます」と言う。
「ゆだね」は、プロダクトや他者に任せたり、ゆだねたりする度合いの適切さを考えるデザイン領域だ。ウェルビーイングにおいて本人の自律性を尊重することは何より大切。だが、適切にゆだねることで、「わたし」のよく生きるあり方を実現させながら、「わたしたち」の輪郭を生み出すことができる。
その際、他者との関係性の中から、どれだけ、どのように、ゆだねるのか考える必要がある。「ゆだね」について分かりやすいプロダクトとして、チェンはChatGPTのような生成AIを挙げる。
「僕も仕事でChatGPTを使っていて、すごく良いと思える時と、強すぎるなと思う時があります。良い時は、自分がやらなくても結果が同じになる単純作業や、自分では思いつけないアイデアをたくさん出してスポットで使う時です。逆に、あきらかに自分の力量を超えるアウトプットが出てきた時は、そのまま使っていたら自分自身の学習や成長が止まってしまうと思います。
そもそもChatGPTの学習の仕方自体がブラックボックスなので、それと強結合してしまうと、周りの人たちとどんどん画一化していってしまい、すぐに自分じゃなくても良い状態に至るでしょう。その意味で、AIに何をゆだねても良いのか、という議論を適切に進めるには、人間の研究がもっと必要なのだと思います」