フランスやイタリアの片田舎を旅していると、ワイナリーを中心に発展したような町に出くわすことがしばしばある。教会、カフェやバール、食料・日用品を売る店がブドウ畑に囲まれている様は、ヨーロッパの文化の基軸にワインが据えられていることを実感させてくれる光景だ。では日本は?城を中心に栄えた城下町、寺社の門前町は知られているが、酒蔵町というのはまだ聞いたことがない。しかし、日本酒が文化の中心にある町が富山県富山市にある。かつて北前船の交易で栄えた廻船問屋の町屋が立ち並ぶ地区、東岩瀬である。
ここは10年ほど前までシャッター街であったそうだが、「桝田酒造店」の5代目蔵元である桝田隆一郎が自身の好きな飲食店を招聘するうちに、ほんの500mほどの通りに和食、フレンチ、イタリアンなどミシュランの星を獲得する人気店がいくつも建ち並ぶように。日本酒やクラフトビールのブリュワリーバーに、器やガラス作家などの工房も加わり、いまや全国のフーディーが憧れる美食の聖地となった。
その中心にあるのが「桝田酒造店」。昭和40年代からいち早く吟醸酒に力を入れ、一部ワイン樽で熟成させるなど意欲的な酒づくりで知られる、富山県を代表する酒蔵のひとつだ。そしてその代表銘柄が「満寿泉」というわけである。
「元来やわらかできれいな酒質の『満寿泉』ですが、この『プラチナ』という愛称で知られる生酒は一層丸く、なめらか。といって味が淡いわけではなく、ふくよかで、米の甘味もしっかりと感じられるお酒です」
そう語るのは、やはり桝田の誘いによって富山県魚津から東岩瀬に昨年移転してきた「ねんじり亭」店主の三浦幸雄だ。朝、漁港に揚がった魚を夕方にはカウンターで供するという刺身は白身だけでも十数種。一片ずつ口に運んでは都度「満寿泉」をグビッ。その繊細な味わいによって酒の味わいも変化する様がなんとも愉快だ。さらには味噌も内子も混ぜ込んでうまみの濃厚な毛蟹ともグビッ。こりゃたまらん。
富山湾は漁場と港が近いことから鮮度が高い“きときと”な魚を味わえる地として名高いが、そこにすぐ隣の酒蔵から徒歩で運ばれた日本酒を合わせるとは。昨今とりざたされるフードマイレージ(食料の輸送距離)的にもこれ以上ないほど理想的な環境であるが、そんなことより何よりまずはうまい。その事実に圧倒されて言葉を失うひと時だ。
満寿泉 純米大吟醸 プラチナ 搾り
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容量|720ml
酒米|山田錦
価格|7290円
問い合わせ|桝田酒造店 076-437-9916
今宵の一杯はここで
ねんじり亭富山産“きときと”の魚を日本酒と味わう
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