日本酒にもトレンドがあって、それらは社会の変化や現象と密接な関係をもっている。例えば筆者が酒を飲み始めた1980年代後半は、新潟の淡麗辛口な地酒がもてはやされていたが、これは1982年の上越新幹線開通に端を発しているのだそうだ。
その後、90年代後半からはブランド焼酎がブームになったことで、日本酒は“冬の時代”へ突入。各つくり手は差別化を図るために純米酒や吟醸酒などいわゆる特定名称酒の製造に力を入れたり、季節労働者に頼らず自社で生産できるように経営者が自ら酒をつくる“蔵元杜氏”制度を採り入れるなど、各蔵それぞれの経営努力を重ねてきた。
最近では、海外での和食ブームを反映してか、スパークリング日本酒や熟成日本酒など、その多様化が進んでいる。そんななか、98年に彗星のごとく現れたのが佐賀の「鍋島」だ。いまでこそ福岡や佐賀の日本酒に注目が集まっているが、当時はまだ九州イコール焼酎の国と、十把ひとからげにされていた時代。「鍋島」の登場は九州の日本酒にあらためて光をあてるきっかけともなった。この酒はどのように生まれたのか。
「『鍋島』は地元の人に愛され、佐賀九州を代表する酒になることを目指した酒。一般公募で寄せられた候補から選ばれたのが、佐賀県を300年にわたって統治していた藩名にちなむ『鍋島』でした」
そう語るのは、富久千代酒造(佐賀県)の蔵元杜氏である飯盛直喜だ。脱サラして家業を継いだ飯盛は、自然体でやさしさを感じられる食中酒を志し、地元の酒販店らと夜を徹する議論を何度も繰り返した。「当時は酒店がコンビニやディスカウントストアに転業するケースも多々あり、ともに生き残りをかけたチャレンジでした」
その結果、生まれたのはまろやかな米の甘味と切れ味のよいミネラル感を感じられる酒。それまでの辛口と一線を画した濃醇な味わいに日本酒ファンは歓喜し、いまでは入手困難な酒となっているのは周知の通りだろう。
2021年には、酒蔵にほど近い白壁の土蔵が立ち並ぶ重要伝統的建造物保存地区に、1日1組限定のオーベルジュをオープン。酒づくりの見学からスタートする宿泊は「鍋島」の世界観をより深く理解できる最高のエクスペリエンスだとして話題を呼んでいる。入手困難な酒を追いかけるのもよいが、そのルーツを訪ねて味わうのもまた、日本酒の贅沢な楽しみだといえるだろう。
鍋島 純米大吟醸 山田錦
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容量|720ml精米|35%
価格|6600円
問い合わせ|富久千代酒造(https://nabeshima.biz/)
今宵の一杯はここで
草庵 鍋島1日1組限定「鍋島」を堪能するオーベルジュ
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草庵 鍋島
住所/佐賀県鹿島市浜町乙2420-1
電話/0954-60-4668
営業時間/17:00〜(宿泊客優先)
定休/月曜・火曜