顧客のライフスタイルに沿うとは
実際に走行してみると、前年に試乗したファントムに近い運転感覚を得た。パワフルなのに静かで、滑らかで、ふわりと進んでいくマジック・カーペット・ライド。“車好き”のモータージャーナリストからは、「電気自動車はどれも運転の感覚が同じで、運転の楽しさの面では物足りない」という声も聞こえたが、これ以上の乗り心地はほかにないだろう。走行中に「B」ボタンを押すと、ブレーキモードが作動し、アクセルを踏む、離すだけのワンペダル走行が可能になる。また、SPECTREは “ロールス・ロイス史上最も接続性の高いモデル”と称されるほどデジタル・エンジニアリングを駆使している。気候、路面状況、車両の状態などの情報をデータとして捉え、変化にスムーズに対応し、ドライバーの正確な運転をサポートする。
中国のモータージャーナリストは、「乗った瞬間にロールス・ロイス。この車の動力がエンジンか電気かを、誰が気にするだろうか」と言っていた。これこそが、エトヴェシュCEOが強調する「まずロールス・ロイスであること」ということだろう。
SPECTREの受注は新規顧客が約4割を占めるというが、逆を返せば6割がすでにロールスを一台以上保有するオーナーということ。また、オーナーは平均で7台以上の車を持っているという。充電時間や航続距離が話題にならないのは、「彼らがロンドンからエディンバラまで走るようなことはないが、もしそうする場合は、別の車を使う」からだと言える。
完璧を追い続けて
試乗を楽しんだ夜、ナパの伝説的なワインメーカー、ビル・ハーランが設立した最高峰のワイナリー「プロモントリー」でディナーが開催された。プロモントリーは、1本10万円は下らず、少ない生産量に対して「ロールス・ロイスより長いウェイティングリストがある」という高級ワインだ。その希少性ゆえ訪問も限られているものの、ベグリーは「ロールス・ロイスは、普段開かれていない扉を開けるのが得意」であり、「完璧を求め続ける姿勢が重なった」ことでコラボレーションが実現したと説明。絶景を前に、SPECTREについて、車について、人生について語られる宴が続いた。
翌朝、デザイナーのウォーミングは、プロモントリーの建築、インテリア、試飲のために並べられたグラスの配列も含めた「細部に至るまで、すべてが完璧だった」と、ワイナリーで撮った写真たちを興奮気味に見せてくれた。
創業者のヘンリー・ロイズの言葉に、「完璧というのは達成できるものでなく、追い求め続けなければならない」というものがあり、エトヴェシュCEOが指針の一つにしているという。
SPECTREはここで一旦節目を迎えるが、共創のパートナーともいえる“要求の多い”顧客たちのフィードバックを受けながら、ロールス・ロイスの電動化はこの先、加速度的に進んでいくのだろう。