「また、『共生アップサイクル』には、微生物やAIなど人間以外の存在とも共生し、ともにアップサイクルを実現していくという意味が込められています。背景も異なる多様な人が『リスペクト』でつながり、人間以外の種や技術とよりよい環境を作っていく。それが『リスペクトでつながる共生アップサイクル社会』なのです」
シンプルで分かりやすい言葉でありながら、この拠点名には、多様な人と人とがつながる上で大切となる人間としての姿勢、真に最適な循環の実現に欠かせないマルチスピーシーズの視点、テクノロジーの活用、そしてただ資源を回すだけではなく新たな「価値」を生み出す(アップサイクルする)と言うサーキュラーエコノミーのエッセンスが凝縮されている。
また、拠点の舞台となる鎌倉市自体も「それぞれの多様性を認め、お互いを思い、誰もが自分らしく、安心して暮らすことのできる『共生社会』」の実現を掲げており、2019年4月1日には「鎌倉市共生社会の実現を目指す条例」も制定している。行政の目指すまちづくりビジョンとも整合した拠点名となっている点もポイントだ。
鎌倉駅から徒歩5分程度の場所にあるプロジェクト拠点「リサイクリエーション慶應鎌倉ラボ」。巨大な3Dプリンター設備がある。Photo by Masato Sezawa
「循環者」とは? 循環は自己表現になる。
鎌倉の取り組みの本質を理解する上で拠点名と合わせて欠かせないのが『「循環者」になるまち 〜社会でまわす、地球にかえす、未来へのこす〜』というビジョンだ。田中氏によると、拠点が実現したい未来を地域の中で共有するために、あえて小学生でも理解できるような平易な言葉で表現したという。2023年4月には、循環型社会の新たな担い手となる「循環者」の育成に向けた新たな循環者教育特設サイト「循環者になろう」も公開している。
循環者教育特設サイト「循環者になろう」
サーキュラーエコノミーにおける議論では、生産者と消費者の距離を近づける、消費者から生産者へ移行する、市民意識を醸成するなど、私たち一人一人の役割を新たな経済社会システムの中でどのように変えていくのかについて語られることが多い。
しかし、鎌倉の拠点が独自に掲げるのは、「生産者」でも「消費者」でも「市民」でもなく「循環者」という言葉だ。ありそうでなかったこの言葉には、どのような意味があるのだろうか。
田中氏「サーキュラーエコノミーという言葉はありますが、それを人のあり方に割り当てた言葉がなかったのだと思います。『循環』を『消費』に変わる新たな自己表現の手段にしたいなと。よく循環の話をすると『消費』は悪くて『生産』に戻るという話になりがちなのですが、実際にはそうでもありません。確かに消費には『廃棄』という悪い面もありますが、同時に多様な選択を通じて自己表現ができるという良い面もあります」
「消費がなくなると多様性もなくなってしまいます。そのため、消費のネガティブな部分は改善しつつ、『ごみにしない』という選択肢の多様性を増やすことで、『循環』を新たな自己表現の源泉にできれば良いなと思っています。消費の選択肢と同じぐらい循環の選択肢を増やすことで、循環が自己表現になる。それが循環者の意味です」
循環者という言葉には、「生産者」と「消費者」という二元的な視点からこぼれ落ちてしまう私たちの新しい自己表現のあり方や、目に見える物質の循環を超えた目に見えないものへのリスペクトが含まれているのだ。