「家族を想うとき」などほとんどない父
ドラマは、リッキーと妻アビー(デビー・ハニーウッド)、高校生の息子セブ(リス・ストーン)、小学生の娘ライザ(ケイティ・プロクター)の生活を、時系列に沿ってドキュメンタリのように描いている。賃貸のボロアパートに、炭水化物中心の貧しい食事。たまの家族団欒のテーブルに出てきた冷凍食品と思しきカレーを、旨そうに食べる子どもたち。場面場面に、貧しさの実相がヒタヒタと滲み出てくる。
アビーは訪問介護の仕事をしているが、リッキーのバンを買うために車を売らざるを得なくなり、不便なバス通勤の毎日となる。彼女の仕事もかなり厳しい時間割を課せられている上、しばしば休んだ介護士の穴埋めに駆り出されている。
セブは口数の少ない少年だが、夜はこっそり外出し友人たちとストリートグラフィティに熱中している。朝から夜まで働き通しの両親が夜、疲れ切ってソファで爆睡している横で、黙って食器の片づけをするのはライザだ。家族の不安定感を敏感に感受している彼女が、夜尿症になっていることがあとでわかる。
(左から)リッキー役を演じたクリス・ヒッチェン、セブ役を演じたリス・ストーン、ライザ役を演じたケイティ・プロクター、アビー役を演じたデビー・ハニーウッド(2019年、第72回カンヌ国際映画祭にて)/ Getty Images
もともとは仲の良い家族に生じる最初の軋轢は、仕事に忙殺され「家族を想うとき」などほとんどない父リッキーと、貧しさゆえ自分の将来に希望のもてない長男セブの間で起こる。
学校に行かず悪友たちと看板にスプレーで落書きし、見咎めた警官を揶揄ったり、喧嘩をして相手に怪我をさせたり、量販店で万引きしたり‥‥。元々成績が良く繊細な面を持っていた少年が絵に描いたようにグレていくのは、貧困から来る荒みと同時に、「自分をちゃんと見てくれ」という父へのサインでもあるだろう。
しかしリッキーにそれを受け止める余裕はない。警察に払う罰金額をグチり、セブ相手にみっともない自虐を開陳し、「自己責任だろ!」と返される始末だ。「自己責任」という一番言われたくない言葉を息子から投げかけられる父には、しかし返す言葉がない。