父親たらんとすることに失敗
セブが万引き事件を起こした後、警察署でいかにも真面目そうな警察官が、セブに懇々と諭す。その中の「君には君を想う最高の家族がある」という言葉に、隣にいるリッキーの目が光り、わずかにハッとしたような表情になるシーンがある。その直後の家での場面で、リッキーは改めて父親らしく息子に説教を試みる。警官がセブに「よく聞け。大事な話だ。姿勢を正して俺の目を見ろ」と言ったように、まず「携帯をいじるな」と命じる。明らかに、先ほどの警官の態度を踏襲しているのだ。
だがこの場面でセブは腰掛けているのに、リッキーは同じ食卓につかずに立っている。警官が同じ目線の高さで説いた時とは違う、文字通りの上から目線だ。
とってつけたような「父の威厳」は当然、賢いセブに見抜かれる。息子の反抗的な態度にブチ切れ「殴るぞ!」「出てけ!」と怒鳴りつけ、父親たらんとすることに失敗するリッキーの姿は悲しい。だが、何がそこまで彼の余裕を奪っているのかを考えると、一方では同情を禁じ得ない。良き父親でありたいと願っても、借金を抱えてあくせく働くリッキーのキャパシティは、既にパンクしていたのだ。
彼の余裕のなさは、たまたま娘のライザを仕事のバンに乗せた場面でも現れる。自分より素早くアパート内の当該宅に走る娘を、あたふたしながら追う父。スキャナーを見てどういう管理体制になっているのか興味を持ち、根掘り葉掘り尋ねる娘に、リッキーはちゃんと答えることができない。
リッキーは目の前の仕事をこなし少しでも稼いでこの経済的危機から脱することで頭が一杯で、全体のシステムがどういうものなのか、どれだけ労働者を搾取する仕組みになっているかを探求するような思考力など、とうに奪われている。
その点は妻のアビーもあまり変わらない。ただアビーがリッキーと少し違うのは、家族のメンタルに気を使いながらも、介護の仕事に使命感を持ち、誠心誠意顧客に尽くそうとしている点だ。
彼女が訪問する老婦人たちは決して裕福な人々ではないが、弱い者同士の気遣いが時折描かれる。アビーとプライベートな写真を見せ合い心を通じ合わせていたモリーは、彼女の長時間労働に怒りを示す。認知症で気難しかったロージーが、重なるトラブルで疲れ切ったアビーの髪を優しく漉きながら歌うシーンには胸が詰まる。
訪問介護において、顧客と仕事以外の接触をすることは禁じられているのだが、その規則を逸脱して何か人間的なものに触れなければ耐えていけないようなアビーの心理状態が窺える描写だ。
バス停のシーンでは、時間内では手の回らない顧客の惨状を携帯で事業主に訴えていたアビーに、見知らぬ女性が控えめな労りの言葉をかける。しかし、これらのほんの少しの慰めとて、リッキーとのすれ違いや日々の疲れの蓄積の中で折れそうになるアビーの気持ちの支えにはならない。