「人工知能(AI)はどこに使えるのか?」。近年、ガートナージャパンの亦賀忠明は大企業の現場でそう聞かれて困惑することがある。
「IBMのAI、Watsonがアメリカのクイズ番組で勝ってから10年以上もたつのに、日本の企業にはいまでも『AIをどこに使えばいいか』と聞いてくる人がいます。AIはどこにでも使えるから、どんどん使えばいいのです。発想がズレています」
亦賀はそんなとき、生成AI「ChatGPT」など、すぐに使えるものを自分で試してみることを勧めているが、不安は増すばかりだ。このままで、日本の企業は本当に大丈夫だろうか──。
彼は同じような光景を幾度も見てきた。2006年に「クラウド・コンピューティング」がキーワードとして世に出てから、まもなく20年近くたとうとしている。だが、「いまだに『クラウドは安全なのか』と聞いてくる人がいる」(亦賀)。
亦賀はその要因として、日本におけるエンジニアリングに対する評価の低さを挙げる。「手を動かしている人(エンジニア)がないがしろにされ、手を動かしていない人たちを中心に議論が進んでいます」
実際、EV(電気自動車)市場をリードする米テスラを生んだのは、共同創業者兼CEOのイーロン・マスクが主導した“エンジニアリング”である。そのマスクが立ち上げた宇宙開発企業スペースXや、前出のChatGPT開発元のOpenAIもエンジニアリング能力が高い企業だ。
中国のEV大手「BYD」も、半導体大手NVIDIAと提携して「ソフトウェア定義型自動車(Software Defined Vehicle;SVD)」をつくると明言している。ソフトウェア中心の開発によって車両をアップデートし続けられるようになり、安全性や性能が向上し、寿命が延びる可能性が高い。いままで以上の顧客体験を提供できるのだ。
日本の自動車業界には業界構造を理由に、他業界からの参入や提携が容易ではないと語る関係者もいるが、「あくまで内側の論理で、消費者には関係のない話」と、亦賀は指摘する。これは米アップルがiPodやiPhoneを発売したときの状況に似ている。当時、iPhoneが端末内に日本製の部品を使っていることから、「iPhoneくらいうちでもつくれる」と言う電機メーカーもあった。
iPodやiPhoneでは、音楽サービスやさまざまなアプリを使えるユーザーの顧客体験を向上させるソフトウェアが“主”で、ハードウェアは“従”と、主従関係が逆転。顧客体験が主従関係を決めることを証明したゲームチェンジャーだったが、当時の日本企業は「ハードにどんなソフトを入れるか」で発想が止まってしまった。亦賀は、こうした現象は日本の産業に共通して見られる課題だという。