芥川賞作家・上田岳弘はいまをどうとらえているのか。上田は、新潮新人賞受賞のデビュー作『太陽』、芥川賞受賞作の『ニムロッド』、そして長編小説『キュー』など、最新のテクノロジーの知見を純文学に落とし込み、これまで「人類の果て」を書いてきた。しかし最新作『最愛の』では一転して、現代を舞台にしたリアリズム、それも恋愛小説を書き上げている。その理由から見えてくるものとは。
──なぜいま、恋愛小説を書こうと思ったか。
上田:例えばディズニーの映画をみても、昔は童話を参照した内容で、“王子様と結ばれてめでたしめでたし”で終わるストーリーでした。それが近年の作品は、家族愛をテーマにしたりと内容が多様化し、恋愛という要素のウェイトがとても軽くなっている。その理由として、社会環境の変化とともに、スマートフォンの普及により通信環境やマッチング精度が向上していくなかで、人と人のすれ違いが減っていることが挙げられるのではないか、と考えています。
昔であれば連絡が取れないことが逆に恋心を育んできた部分もあると思いますが、現代では連絡がない、返信がないとなるとただの拒絶ととらえられる。それをシステムに落とし込んでいるのが“既読”という機能で、LINEなどのSNSによって普及しました。それにより、「人間関係の艶」が失われてしまっているのではないかと。そんななかで果たしていま、恋愛小説は成立するのかという思いがあり、今回は恋愛小説を書くことにしました。
──これまでのSF的な作品と違い、リアリズムの手法を取ったのはなぜか。
上田:過去には『私の恋人』という作品で恋愛をモチーフにしたことはありましたが、どちらかというといま現在の世相であったり、テクノロジーに脅かされる人類の危険性に重きを置いた内容でした。
いわゆるSF仕立て、手段を問わずに大きいテーマを書くということをこれまでは追求してきたのですが、それが『キュー』という作品である程度は決着できたなと。そもそも、自分が遠くへ行きたい、到達したいから書いているような作品は、もしかしたら純文学の最先端に興味がない人には読みづらい内容だったかもしれません。
そこできちんと一度、リアリズムの書き方をしてみたいという思いが生まれ、今作はこのようなかたちになりました。過去には短編でリアリズムの作品を書いているので、僕の過去の作品を熱心に読んでくれている方は「いよいよリアリズムを長編で書くのか」と思う一方、僕のSF作品を読んでくれていた読者からは、「こういう作品も書くんだ」と意外に思われるかもしれません。