自分の視点がメタ化してしまう
──ChatGPTの登場など、テクノロジーの発展は目覚ましいものがある。そのなかで、文学の役割とは。上田:ビッグデータから出てこないもの、自分にとっては大事だけどほかの人にとっては知らないというものは、例えばChatGPTからは出力されてこないはずです。いまChatGPTが流行っているこのタイミングで恋愛小説を書きたくなったというのは、ある種の抵抗もあるかもしれません。
文学というものは、そもそも抵抗だと思っています。普通はこうとか、売れたほうがいいとか、わかりやすいほうがいいというような一元的な価値を求めるもの、効率などの数字に還元しやすいものと、逆を求めるのが文学です。まさに、ひとつの抵抗でしょう。
──『最愛の』というタイトルに込めた思いは。
上田:僕と同年代から若い世代の方々はいま本当に、いわゆる恋愛を実感できていない。すごく情報が満たされている、飽和しているがゆえに、自分の視点がすぐにメタ化してしまう。「近くの人間関係を自分のためのものと思えない」という感覚があると思っています。しかし恋愛というものは、昔からあった「自分のための小さな物語」だったのではないでしょうか。
「自分のための物語」をまったく感じられない人にこそ「本当に重要な『自分のための小さな物語』とは何か」について考えてもらえればと。『最愛の』というタイトルも、自分にとって最愛のものは何なのか、読者が自問自答するきっかけになればと思います。
うえだ・たかひろ◎2013年「太陽」で第45回新潮新人賞を受賞しデビュー。15年「私の恋人」で第28回三島由紀夫賞、18年『塔と重力』で第68回芸術選奨文部科学大臣賞新人賞、19年「ニムロッド」で第160回芥川龍之介賞、22年「旅のない」で第46回川端康成文学賞を受賞。