桃太郎は、キジ、サル、犬の3匹をきび団子で仲間に引き入れて、鬼ヶ島で鬼を退治しましたね。
でも、倉持さんは、鬼の立場からすれば、急に襲撃されてかわいそうじゃないか? と考えたそうです。しかも、桃太郎が鬼が蓄えていた財宝や宝物を持って帰ったのは、もはや盗人なのじゃないか? と。
その違和感から彼女は、図書館の司書さんの力も借りて桃太郎関係の本を200冊も読まれたそうです。そうすると桃太郎の解釈にも諸説あることがわかった。「桃太郎は正義の味方」説もあれば、「鬼の方が平穏な暮らしを壊された被害者」説もあったんですね。
彼女は、この研究で図書館を使った調べる学習コンクールで全国1位※をもらいましたが、探究授業を進めたい他の学校の先生たちは、200冊の関連書籍を読み込んだということがものすごく重要で、このことが自由研究のレベルではなくなるくらい深い探究につながったのだと評価しています。
※「図書館を使った調べる学習コンクール」(図書館振興財団主催)
何か気になることがあったら、本だったら5冊ではなく、50冊、いやもっともっと、とことん調べることがとても大事です。「探究しよう」と考えたとき、とにかく当たる「数」をまず増やせばよい。それが、自由研究を「探究」に昇華させる、1番シンプルな方法です。
大学の研究も同じ、「とことん集める」
高校を卒業したり大検を受けた後の進路の一つに、大学進学もあります。大学というところは、学問を修め、研究するところですが、この研究というのは、先ほどの中学生や小学生の探究アプローチと基本的にその構図は大差ありません。とことん集めるの部分が、もっともっと徹底しているだけとも言えます。京都大学の益田玲爾先生という水産学者が、東日本震災の2カ月後から2カ月に1回、気仙沼の海の同じ場所に潜って魚の数を数えました。潜ったら翌々月にまた潜って同じ場所、同じ距離にいる海の生き物の数をただただ数える。その翌々月も数える、これをとことん続けられたそうです。そうして5年後に「東日本震災の海がようやく元に戻りつつあること」を発見されたのです。
海は、どんなに激しい津波の後でも数日もすればいつもと同じ平らな水面のように見えてしまいますが、震災直後の海の中は、津波で流されてきたもので埋め尽くされていたそうです。しかし益田先生の調査によれば、数カ月して初めてまずクラゲが戻ってきて、その次にハゼなどの大型の魚が戻ってきた。次にナマコのように、水がきれいでないと生きられない生物が戻ってきて、そして、とうとう、本当に水の澄みきった岩場にしか住まないアワビが戻ってきたのです。
表面からはなかなか見えない「5年間で海が元に戻った」ことを確かめた益田先生の研究アプローチも言葉にしてみると、「ただ、潜ってとことん魚など海の生き物の数を数える」だけといえばだけです。ふつうと違うのは「その数と回数、時間が尋常ではないスケールだった」こと。
すごい研究者が、必ずしもすごい道具を使ってすごいことを思いついているだけではなくて、他の人でもやろうと思えばできなくはないことを、「形式化された方法で、同じことを5年間続けられる」こと。実はそこにも、研究者になる人とそうでない人とに違いがでてきます。
繰り返しますが、「探究」で大切なことは、まずとことん集める、次にそれをとことん続ける、それだけです。特別なことではなく、みんなが普段でもできることの、「数を増やす」だけで価値がガラっと変わるんです。