政治

2023.08.07 16:30

核兵器廃絶の理想と現実

ロシアによるウクライナ侵攻が始まって約一年半が経過した。侵攻直後の首都キーウへのロシアの進軍は撃退されたが、東部と南部では、依然ロシア支配地域が大きく広がっている。ウクライナの反転攻勢も、まだ限定的だ。一方で、6月下旬には、ロシアの民間軍事会社ワグネルの指導者プリゴジンが、プーチン大統領によるウクライナ侵攻を批判する内容の声明とともに、南部の国防軍司令部を占拠して、モスクワへ部隊を進軍させた。しかし、それもわずか一日で引き返して、プリゴジン氏はベラルーシへ亡命するというよくわからない事件も起きている。今後の戦況は予断を許さない。

そもそもプーチン大統領が、なぜウクライナ侵攻を行ったのかについては諸説ある。東西ドイツの統一をソ連が認めるときに、NATOは東方拡大しないという約束を反故にしたから、というロシアによる侵攻を正当化しようという主張もある。

しかし、このような「約束」を文書にしたものは存在しない。また、「脅威を感じた」から、侵攻する、ということは国際法上、また国連憲章からも許されない。しかも、ウクライナがロシアを攻撃する意図も兆候も挑発もないなかで、一方的にロシアがウクライナに侵攻したことは、ロシアが一方的に責めを負うべきことは明白である。

仮に「脅威を感じたから先制攻撃する」ということを許せば、いずれも核を保有するロシアが北海道に侵攻する、北朝鮮が韓国に侵攻する、中国が沖縄に侵攻する、ことも正当化するということになりかねない(ただし、この例は、ウクライナと異なり確固たる抑止力が働いているので、実際には起きる確率は非常に低い)。国際法に照らしてもウクライナ侵攻は決して正当化できない、ということは、この問題を語るうえで、(特に日本国民は)肝に銘じておくべきだ。

ロシアは、侵攻直後から、核の使用をちらつかせている。ウクライナをサポートする西側諸国も、ウクライナによるロシア領内への反撃は、ロシアとNATOの直接的な戦闘に発展して、それが核戦争に発展する可能性があることから、戦闘をウクライナ領土内からロシア軍を排除することに限定、NATO諸国の軍が直接戦闘には参加しないことなどを宣言している。ロシアによる核の威嚇を西側諸国も認めざるをえない状態だ。国連の安全保障理事会も、常任理事国であるロシアが自分に不利な決議に拒否権を発動することから機能不全に陥っている。

(先月のこのコラムで書いたように)広島のG7サミットでは、「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」を採択した。その第一パラグラフのなかで、「全ての者にとっての安全が損なわれない形での核兵器のない世界の実現に向けた我々のコミットメントを再確認する。」と書かれているが、これは、ロシアが核の使用を示唆し、中国が核弾頭の製造保有を加速しているなかでは、G7は一方的な削減に応じられない、ということを意味している。
次ページ > 核廃絶という理想は単なる空想なのか

文=伊藤隆敏

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年9月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

タグ:

連載

伊藤隆敏の格物致知

ForbesBrandVoice

人気記事