編集者・岡田弘太郎、起業家・投資家の久能祐子が2022年に立ち上げたのが、人文・社会科学領域の研究者を支援するアカデミックインキュベーターの一般社団法人デサイロだ。
1.研究資金のや編集者の視点から研究への伴走を行う「財団」機能、2.ニュースレターの発行や書籍の出版、イベントの開催などを通して研究者の知を社会に届ける「出版」機能、3.オンライン/オフラインにおける交流の場をつくることで、学際的な知を結集させる「コミュニティ」機能─これら3点を通じて、「いま私たちはどんな時代を生きているのか」を研究者とともに探り、研究のなかで立ち現れるアイデアや概念の社会化を目指している。
なぜ、いま、人文・社会科学に特化したプロジェクトを行うのか。人文・社会科学が置かれている現状と、その社会における意義とはなにか。学外での企業経営やメディア運営にも精力的な気鋭の研究者、経済学者・安田洋祐と哲学者・柳澤田実とともに、人文・社会科学の現在地と未来を徹底討論する。
人文・社会科学に根付く「負のサイクル」
岡田:いま人文・社会科学の研究が直面している課題について、みなさんはどのようにとらえているのでしょう?2015年に起きた「文系学部不要論争」に象徴されるように、社会的・経済的に厳しい状況に置かれているとも言えます。安田:僕は元をたどれば大学時代から、研究と社会の接点についてずっと考え続けてきました。当時(2000年代前半)は「失われた10年」というワードがメディアをにぎわせ、「経済」に大きな注目が集まっていた時期で、書店に行くと「日本経済再興の方法」といった趣旨の本がたくさん並んでいましたね。
一方、アカデミアには「学者は英語で論文を書いてなんぼ」というカルチャーが根強くありました。僕が大学で学んでいた、世界的な評価も高い一流の経済学者たちは、日本語での情報発信にほとんど興味をもっていなかったのです。さらには出版業界も、経済学を始めとする社会科学系の大学院を出ている人材がほとんどいないこともあり、研究の内容や実績よりも、肩書やテレビやラジオの出演歴を見て執筆を依頼することが当たり前になっていました。
結果的に、さほど学術的な実績をもたない、つまり専門家としての質が担保されていない書き手の本があふれるようになり、真摯(しんし)な学者たちはますます出版の世界から遠ざかっていく……そんな負のサイクルが生じていることに気がついたんです。
柳澤:人文科学は、さらにシビアな問題を抱えているように感じています。ポストの減少、領域全体の先細りはもちろん、それに伴って「学問的な研さんを積むより、一般向けの本を書いたほうがいい」という風潮すら生じているように見えます。メディア側もインターネットの情報をもとに「誰に何を書いてもらうのか」が決まりがちであるがゆえに、研究実績にかかわらず、インターネットで積極的に情報を発信している研究者の一般書ばかりが増える。
自戒を込めてですが、研究者側も依頼を受けると、一般的な評価に意識が取られてしまって研究がおろそかになり、結果として学界が細る……そんな悪いサイクルが、特に研究者としての就職に不安を抱える若い世代に根付いてしまっているように感じます。