しかし、今後ブロックチェーン技術の発展などにより、論稿が出版される前の評判や、論文が生まれる途中過程なども評価できるようになってくると、いまの基準による業績評価がもはや絶対的なものではなくなるのではないかと思っています。
つまり、現在の人文科学が抱える課題は、近い将来に自然科学や社会科学にも生じうる。だからこそ、いま人文科学の研究者を支えるプラットフォームや仕組みをつくることがとても重要なのではないでしょうか。
「時代」を読み解く補助線
久能:私がデサイロ立ち上げの背景で抱いていた問題意識は、これからの人文・社会科学には「インパクトオリエンテッド」な取り組みが求められるのではないか、ということ。わかりやすい課題解決のための「ソリューションオリエンテッド」な姿勢だけでは不十分で、経済的、環境的、あるいは文化的インパクトを志向するスタンスが重要だと思うんです。宇沢弘文さんが提唱した「社会的共通資本」という考え方にも近いところがありますね。岡田:私は編集者としてさまざまな人文・社会科学領域の研究者の方とコラボレーションするなかで、その知の重要性にあらためて気づいたのはもちろん、「編集者だからこそできる、研究者の方々への支援のアプローチがあるのではないか?」と感じたんです。
名古屋大学出版会の編集長・橘宗吾さんの『学術書の編集者』という本では、「専門家の盲点に、外部からの声をさしむけて『挑発』することで、編集者は、専門と社会とのあいだの媒介者の役割も果たすわけです」と述べられています。私たち編集者は、どの学問分野の専門家でもありません。しかし、多分野の専門家と協働する職能だからこそ、社会の関心事と研究を結びつけたり、あるいは多分野の研究テーマを社会一般の目線から「時代」として切り取ったりすることができるのではないかと思うんです。
柳澤:哲学者のエルンスト・ブロッホは、音楽やアートなどの文化には、まだ存在はしていない「あるべき世界」を予言する役割があると言いました。
私は研究とは別に、ポップカルチャーと社会をテーマにしたウェブマガジン「elabo」を運営しているのですが、特にこうした批評や執筆活動では、読者が、過去から未来への道筋を描くための材料を提供したいと思っています。それが歴史を重視する人文科学の重要な使命のひとつだと思うので。