──日本では2023年から大企業に人的資本関連情報の開示が義務付けられ、「人への投資」に対する注目度が一気に高まっている。人的資本への投資は経済や環境の持続可能性によい結果をもたらすと思うか。
ザヒディ:もちろんだ。人的資本への投資がなければ、企業は成長や創造、革新のために必要な人材を確保することができない。これは、マクロ的な側面において何度も証明されていることだ。
最も成功を収めている経済圏は、教育に投資している国だ。生涯の初期段階における教育だけではなく、労働者の再教育やスキルアップを継続的に行うことは、将来に向けた最良の方法のひとつだ。
気候変動対策においても、人的資本への投資は重要な要素だ。もし、人々にブラウン・エコノミー(石油資源中心の経済)からグリーン・エコノミー(環境に配慮した経済)の分野へと転換するためのスキルがなければ、公正な転換を望むことはできない。
転換に向けた政治的なサポートも、グリーン・エコノミーや私たち自身の行動変革の実現において重要だ。多くの側面から人的資本投資の拡大が求められているが、教育やリスキリングのための予算は削減傾向にある。社会全体を変革するためには官民ともにより一層、力を入れる必要がある。
──パンデミックによって、欧米を中心に何百万人もの人々が仕事を辞める「大量退職時代」(Great Resignation)が到来した。大量退職によって、企業と従業員の関係に変化はあるか。
ザヒディ:この質問への答えは、世界のどこにいるかによって異なるだろう。
多くの先進国では一般的に、経済がロックダウン下の状況から回復するにつれて労働市場は非常に逼迫(ひっぱく)している。世界のある地域では、労働者が精神的に燃え尽きたり、時間の使い方を見直したり、仕事の目的や意義がより重要になったりしたために、特定の分野で多数の退職者が出ている。一方、雇用主がパンデミックという衝撃にうまく対処することで、従業員からの(仕事や企業に対する)再認識や再評価を得ているケースもある。
しかし同時に、多くの新興国では失業率がパンデミック以前よりも高くなっていること、こうした市場の多くでは人々は雇用機会を探しているという現実も私たちは認識しなければならない。私たちはこの現象を、グローバルの文脈のなかでとらえる必要があるのだ。