音楽家・江﨑文武が「教育」を変革したい理由
江﨑氏が今回のワークショップに挑んだ背景には、iPadのような「音楽と触れ合う体験」をかなえるデバイスを使って、新たな音楽教育の形をつくりたいという強い思いがあった。「学校の芸術教育において美術、あるいは図画工作はちゃんと表現を学ぶカリキュラムになっているのに、音楽がそうではないところに僕はずっと問題意識を持っていました。大半の生徒は自分の絵を描いたことはあっても、“自分の音楽”を作った経験を持っていません。今回のアートスクールの冒頭で僕が『音と音楽の違い』について質問したところ、ある生徒から『音は動物にも鳴らせるけれど、音楽は人間にしかつくれないし、楽しめないもの』だと答えてくれました。僕もその通りだと思います。音楽をつくることができる喜びを、多くの人たちとわかち合いたいという思いが、僕の創作意欲の根底にあります」
筆者も学生の頃を振り返れば、周りに音楽の授業時間が「苦手」な友人が数多くいた。音楽を「楽しむ」体験を得る前に、楽譜を読むことや、リコーダーの運指を覚える段階でつまずいてしまうと、音楽に対する苦手意識が醸成されてしまう。そのことが「すごく勿体ない」のだと江﨑氏は語る。
「今までは楽器とか、楽譜みたいなものでしか音楽の表現、あるいは記録ができないとされてきました。楽器の練習や楽譜の読み書きの段階が自由な表現の障壁になっていたことも事実です。でも今はiPadのようなデジタルデバイスが普及したおかげで、誰でも簡単に音楽をつくることができます。デジタルデバイスにより技術的な壁を取り払って、音楽創作や自由に表現することの楽しさを見つけられる学びの機会として、今回のワークショップを企画しました」
生徒たちの即興的なひらめきを体当たりで受けとめながら、江﨑氏もいっしょに音楽創作にのめり込んだ
iPadが子どもたちの「音楽をつくる力」を引き出した
江﨑氏は2020年と2022年に、将来の進路を模索する中高生たちのために、学際的な音楽との向き合い方を伝えるクリエイティブスクール「Beyond the Music」を主宰した。生徒たちといっしょに手を動かしながら、音楽を創るワークショップ形式の講義は今回が初めての試みだったという。
「iPadとアプリがあるだけで、能動的な学びを支えてあげるにはもう十分すぎる環境でした。僕から生徒たちに、何も教える必要もなかったように思います。小学生の児童たちがアプリを自在に使いこなしながら、iPadでピアノの音を取り込んでみたり、短時間にいくつかの楽曲を試作して『こっちの方が好き』と試行錯誤までしていたことは僕にとっても衝撃的な出来事でした」
この日の教材となったiPadとKoala Samplerアプリ。生徒たちがさまざまな音を集めて作品に仕上げていく