日仏文化の違いを認識した「美しい母」と「大地のりんご」

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私は若い頃、南仏の語学学校でフランス語を学んだ。語学学校時代の最初の2、3カ月は何が何だかわからないまま時が過ぎていった。初めての海外旅行で、また同時に初めての外国生活であったためだ。

生活に慣れるまでは、毎日が失敗の連続だった。まず、授業中は先生が宿題について説明しているのだが、その言葉が正直言ってうまく聴き取れなかった。そんなときは、授業の後で他の優秀な学生に訊いて、なんとか理解したりしていった。

家族の話ばかりする南仏の教師

あるとき、若くて美しい教師がクラスの担任になった。しかし、この女性教師は、授業中いつも自分の家族について話をする。私は「やはり南仏の人はオープンな性格なので、自分の家族のこともフランクに話すのだ」と無邪気に考えていた。子どもたちのこと、夫のこと、ペットのことなど、とにかくプライベートの話をするのが好きな教師だった。

その教師の口から、よく「私の美しい母」とか「私の美しい父」いう言葉が発せられていた。少なくとも私はそのような意味として受け止めていた。そして、フランス語の初心者としては「なぜ自分の父や母の美しさを授業中にこうも話すのだろう」と少し不審に思っていた。

そして「フランスの人というのは、自分の両親が美しければ、それを自慢するのだな」とも考えていた。しかし同時に「母親が美しかろうがそんなことはどうでもいい。いくらなんでも授業中に話すべき話題ではないだろう」と、自分が感じた「異文化」に対して批判的にさえなっていた。

そのことを、同じ教室で学ぶ日本人のクラスメイトに話したら、こう言われた。「何を言っているの、その『美しい母(belle-mère)』とか『美しい父(beau-père)』というのは、『義理の母』『義理の父』という意味だよ」と。

このようにフランス語の意味を早とちりして、予想外のカルチャーショックを受けることが、当初は少なくなかった。とはいえ、フランス語では「美しい(belle)」という言葉で「義理の家族」を表わすのは、なんとも興味深いと思った。

ちなみに「belle-mère」や「beau-père」は、英語で「直訳」すれば「beautiful mother」や「beautiful father」となるが、「義理の母」「義理の父」にあたる言葉は「mother-in-law」「father-in-law」で、その人の「美しさ」ではなく、あくまで法律上の関係として表現される。
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文=西村拓也

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