日仏文化の違いを認識した「美しい母」と「大地のりんご」

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キッチンで目撃した「大地のりんご」

滞在初期に私が意味をとり違えたように、フランス語には、合成してできた1つの言葉を元の意味のままで「直訳」すると意味が変わってしまい、本来の意味として理解できないケースがままある。別の例を2つほど挙げてみよう。

まず、これも南仏の語学学校時代の話である。学生寮に住んでいた頃、ある日、夕食時にキッチンで料理をしていた学生に「今日は何を食べるの?」と尋ねると、次のような答えが返ってきた。「今日は牛肉とポム・デゥ・テ-ル(pomme de terre)を食べる」と。

私はその「pomme de terre」という言葉の意味をそのまま受け取って、「大地のりんご」とは何だろう? 南仏の名産なのかな? どんな味がするのだろう? まだフランスに来て食べたことはないなというふうに無邪気に考えていた。

今度、自分でもそれを食べてみたいので、参考のためにどんな食材か見ておこうと思った。それで、その学生がフライパンの中で炒めていた「大地のりんご」をのぞき込んでみた。すると、ただの「ジャガイモ」だったのである。

フランス語では、ジャガイモは「大地のりんご」と表現するのだ。土にできる「果実」という考え方なのかもしれない。恥ずかしい話だが「大地のりんご」が「ジャガイモ」の意味だと理解するまで、ずいぶん時間がかかった。

おにぎりが「パン皮砕き」に

その後、1年間住んだ南仏からパリに引っ越してきて間もない頃、南仏が懐かしくて、よくその方面に旅行していた。1990年代の初頭のことだ。パリのリヨン駅からマルセイユのサンシャルル駅までは5時間弱かかった。なので、なるべく朝早い時間のTGVを予約して、出かけることが多かった。

しかし、その時刻、駅ではハムや鶏肉が少しだけ入ったサンドイッチしか売っていない。もちろん、日本のような駅弁はない。私は車中で空腹となることを想定し、おにぎりを持参することにした。日本から持ってきた賞味期限切れの海苔が大量に残っていたので、黒い海苔でおにぎりを包んだ。

パリを出て数時間、南仏に近づくと、屋根瓦の色がオレンジになってくる。ちょうど空腹を覚え、アルミホイルに包んだおにぎりを取り出し、食べ始めた。すると、なんとなく人の視線を強く感じる。近くに座っていた初老のムッシュが、黒い海苔のおにぎりが、珍しかったのだろう、少し後ろの席から、私のほうを珍しそうに見ていた。
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文=西村拓也

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