数年前と違い、最近の「ガチ中華」の店のオーナーたちは、必ずしも自分の故郷の料理を中心とした店ではなく、日本人の食の嗜好を意識した出店を考えるようになっている。いくら日本で働く中国やアジア系の人たちが増えたからといっても、同胞を相手に店を開いていても限界があり、日本で商売をする以上、日本の人たちもターゲットにしないといけないからだ。昨今の日本における「ガチ中華」に対する注目の高まりは、彼らにさらなる出店意欲を引き起こしているといっていいだろう。
孫さんも、食都である広東省のローカル料理の店を始めた理由について次のように語る。
「これまでいろいろなガチ中華の店ができたけれど、一般の日本の人たちは刺激的な味つけの四川料理よりも、お粥のような淡白で味わい深い中華のほうが好みだと気づいた。自分も母米粥は中国の現地で食べたことがあり、日本でお粥のしゃぶしゃぶの専門店を出してみたいと考えた」
多様化する「ガチ中華」に迷う人も
このように「ガチ中華」の世界は多様化していくばかりだが、多くの日本の人たちにとって、それらの店で何を注文していいのかわからないというケースも多いと聞く。特にあまり知られていない中国各地のローカル料理については、ハードルの高さを感じるのも無理もないだろう。以前も書いたように、「ガチ中華」の多くは21世紀に生まれた現代中華料理であり、中国への駐在や出張、留学などを通じて現地の味に触れたことのない人にとっては未知なる領域であるため、当然のことともいえる。これまでの日本人の概念にはない中華料理のジャンルだからである。そして、これを日本に持ち込んだのは、21世紀以降に来日した豊かな世代のオーナーたちなのである。
これは「ガチ中華」の店でよくあることなのだが、おすすめ料理とされる写真がこれでもかといった調子で店頭に貼られ、埋め尽くされていることが多い。その光景を見たら、多くの日本の人たちはひるんでしまうのではないだろうか。
なぜこんなことになるかといえば、店の前を通る日本の人たちに自らが提供する料理を知ってもらいたいという一心からなのだ。逆を言えば、自分たちの料理が日本の人たちにほとんど知られていないという現実を理解しているからといってもいい。だから、このような光景は、実は中国ではあまり見られない。自国民に料理を啓蒙する必要などないからだ。