サイエンス

2023.04.14 09:15

1970年代の「ベル研究所」製AIチャットボットをめぐるミステリー

安井克至
ベル研のRed Fatherはイライザと非常によく似た動きをしていたので、おそらくイライザをモデルにしたのだろう。「ユーザーの入力からできるだけ多くの情報を読み取ろうとし、それを使って応答します」とボッシュはいう。「あれはコンピュータとの会話インターフェースに関する初期の試みでした。Red Fathereはごく頻繁に「あなたはそれをどう感じますか?」とか「あなたがバナナを好きじゃなくて残念です」などという答えでごまかそうとした。多くの場合、ユーザーのテキストから何を引き出すかという意味で、Red Fatherはあまり役に立ちませんでした」

それでも、最近のチャットボットを巡る状況を考えると、記録がまったく残っていないことは奇妙であり興味深い。「Red Father同様、こういうものがきちんと記録に残されないことは多々あります」とホフハイザーはいう。「ベル研の歴史を振り返ると、研究者が何を研究するかに関してかなりの自由があったことは間違いありません」今日のシリコンバレーと同じく、研究者は自分の実験室で『そこにいたいだけの時間』を過ごし「自宅で作ったものを持ち込む」こともありました。

1960年代にベル研で働いていた南カリフォルニア大学のマイケル・ノル名誉教授は、回想録の中でイノベーションの時代を振り返っている。研究所の最盛期、研究者たちはあらゆる種類のパッション・プロジェクトに取り組んでいた。ノルはデジタルコンピュータアートに関わっていた。「内容は、現在、シリコンバレーで話を聞くようなものばかりでした」と彼はいう。

83歳のノルはRed Fatherのことは何も知らなかったが、おそらくUNIXか音声処理分野の誰かが、片手間に思いついたとしても驚きではないと述べた。「たくさんのことを楽しむためにやっていました」と彼はいう。つまるところ、ベル研はAT&Tの一部であり、親会社にとって重要なのは新しい電話交換システムであり、コンピュータアート、あるいは初期のチャットボットなど、会社にとって明確な商業的応用のないものは二の次だったのだろう。「研究所の人たちは商品化されないものをたくさん作っていました。リストの長さは1マイル(約1.6km)になるでしょう。しばらくの間、変なことをする自由がベル研にはありました」

forbes.com 原文

翻訳=高橋信夫

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