(前回:夜の街で感じた「障害」を楽しむ技術)
「訪問入浴は週1回」から思い立った、温泉訪問
「最初に会ったときに2時間ぐらい話し込みましたよ。どんな話題でも前向きに受け止めて、楽しい気分にさせてくれて」と話すのは、愛知県蟹江町で介護人材の育成をするNPO介護研究会「笑」(しょう)の代表を務める黒田敬さん。押富さんのお母さんより年上の女性だが、初対面ですっかり意気投合した。研修会などの講師を務めてもらう一方で、活動仲間の看護師・助産師の佐藤達子さんや夫と共に、押富さんを連れてあちこちに遊びに出かけるようになった。その一つが、三重県の長島温泉の「湯あみの島」。押富さんが講演で「訪問入浴は週1回しかない」と訴えたことから、好きな温泉をゆっくり楽しんでもらおうと企画した。といっても簡単なことではない。気管切開の孔から湯が入れば肺炎に直結するし、人工呼吸器を使えないから、手動のアンビューバッグを操作できる技術が欠かせない。
まず、ヘルパーの黒田さんが更衣室から浴槽まで押富さんを抱っこして運び、ひざの上に押富さんを乗せて、湯が首にかからないように配慮。アンビューバッグは年長の佐藤さんが担当し、手が疲れると交代した。露天風呂にも入った。すべては、押富さんの笑顔を見たいからだ。
押富さんが亡くなってから、黒田さんは呼称を「押ちゃん」から「押富」に変えた。対等の仲間という思いからだ。「押富の目指したものを継ぐことが、これからの私の役割」だという。重度障害者でハイリスクの患者であっても、こんな関係になれる。
国際援助の夢を日本で叶える
押富さんが作業療法士として病院で働いていたころ、将来の夢はJICA(独立行政法人国際協力機構)の青年海外協力隊に参加し、発展途上国の人たちを助けることだった。病によって夢は絶たれたが、国際援助の思いは持ち続け、愛知県日進市にある公益財団法人アジア保健研修所(AHI)に活動に協力していた。発展途上国の地域おこしに携わる保健分野のワーカーたちを応援する施設だ。そのスタッフ・清水香子さんも彼女から大きな影響を受けたという。
「私、障害のある方の心を傷つけないように接するにはどうしたらいいか、いろいろ悩んでたんです。でも、押富さんに初めてお会いしたら、そんなことまったく気にしてない。むしろオタオタしている私をおもしろそうに見ているんです。それなら私も楽しもうって思えるようになりました」
以後、AHIで押富さんとアジアのワーカーたちの交流の機会を設けたり、ピース・トレランスの「ごちゃまぜ運動会」のボランティアを務めたりするようになった。
カンボジアから参加した女性ワーカーは、押富さんの講演を聴いて「障害者が自分の生き方を決めていいんだ、そうでなくちゃいけないんだと学んだ。押富さんのように障害者や患者ではなく地域住民として生きていけるようにお手伝いするのが私たちの仕事だと分かった」と感慨を込めて話した。