電動車いすと酸素ボンベと、笑顔。彼女から学ぶ「人間力」#人工呼吸のセラピスト

連載「人工呼吸のセラピスト」(Shutterstock)

楽しみながら啓発しよう 行政との協力関係

当事者セラピストの役割を研究する田島明子さん(湘南医療大学教授、作業療法士)は2020年に押富さんをインタビューしている。
 
病院に入院中は行動を厳しく制約されて苦痛を感じていたこと、だから在宅では「安全」をあまり重視せずに、やりたいことを優先していること、性格は割とおおざっぱで、いつも「何とかなる」と思いながら進むタイプであることなどを、率直に語っている。興味深かったのは、彼女が代表理事を務めるNPO法人ピース・トレランスと行政の関係づくりについて。
 
「私たちは、楽しみながら啓発しようというのがモットーだから、市に対しても嫌なことばかりどんどん言うのは良くない。悪口を一つ言ったら、良かったこと、うれしかったことも絶対に一つ言おうねと、そんなルールを決めてる。市役所の人たちも好意的に受け止めて協力してくれるし」
 
実際にそんな関係だったと、尾張旭市福祉課障がい福祉係長の中野陽子さんも熱く語る。
 
「福祉課に異動して、初めて押富さんと会ったときから、その魅力に取り込まれたんです。それで、ごちゃまぜ運動会に参加させていただいて、楽しさの中で自然と障害のことを学べたり、子どもたちを区別せずに自然と混ざり合って競技に参加できたりするプログラムが、すごいと思いました。ゆるさの中に愛があふれている感じで」
 
街の中での啓発事業として「おてつだいしますシール」というワッペンを作り、地域の協力店に掲示してもらい、お店の人の思いを「見える化」するプロジェクトも始めた。コロナ禍で中止になった看板イベント「ごちゃまぜ運動会」の代わりに街のバリアを探すウォークラリーも企画。感染対策から実現できなかったが、開催の一歩手前までいった。
 
地域誌にも紹介された「おてつだいしますシール」

地域誌にも紹介された「おてつだいしますシール」

「イケている私」であり続けること

他の理事たちは、別の仕事を持って空き時間に参加しているから、労力のかかる活動はできない。だから押富さん自身が動ける範囲で地域の役に立つアイデアを練り、作業療法士としての経験をもとに、独善を排した企画書をまとめた。まさにイケてるリーダーだったから、ネットワークが広がり、どんどん忙しくなった。
 
私は押富さんとのお付き合いの中で感心したのが、メールの返事の速さだ。彼女は疲れると指に力が入らなくなるし、メールのやりとりも簡単ではないはずだが、いつも簡潔に要点をまとめた返事がすぐに来た。遅れるときは「これから訪問看護だから(返事は)お昼ごろになります」と説明のメールが来た。
 
自分ができないことには遠慮なく介助を求めつつ、できる部分では対等の信頼関係を作ることにこだわっていたようだ。講演などを依頼されると、体力的に無理をしてでも期待に応えるために全力を注いだ。できない言い訳を探すのは簡単だったはずだが──。
 
私たちが、重い病気になったり、年老いて体力が落ちていったときに、押富さんのように「イケている私」であることにこだわれるだろうか。もっと多くのことを彼女から学びたかった。
 
連載:人工呼吸のセラピスト

文=安藤明夫

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