健康

2023.03.11

夜の街で感じた「障害」を楽しむ技術 #人工呼吸のセラピスト

連載「人工呼吸のセラピスト」(画像:Shutterstock)

2020年秋に、人工呼吸のセラピスト押富俊恵さんに市民講座の講師をお願いしたことを、前回書いた。当時の私は63歳で、新聞社の退職まで2年弱の間に、押富さんの連載記事を書きたいと考えていた。
 
人工呼吸の人生を楽しむとはどういうことなのか、密着取材したかった。その前に突然のお別れが来てしまい、自分の腰の重さを激しく後悔した。

たった一度だけ、一緒に名古屋の和風居酒屋に食事に出かけたときのことを紹介したい。押富さんの「楽しむ技術」を感じていただけるかと思う。
 
前回:ALS患者嘱託殺人、彼女が生きるのに必要だったこと

外出で起きるハプニングを楽しむ理由

講師を務めていただいたお礼に、私のひいきのお店にお誘いしたのが20年10月のこと。名鉄瀬戸線の終点・栄町駅で待ち合せた。共通の友人である林ともみさん(障害児の母親でFM局・ラジオサンキューのパーソナリティー)も同行介助を兼ねて参加した。

コロナ禍とはいえ街は賑やかで、ネオンの上にきれいな星空が広がっていた。

舗道を歩いていて、押富さんが急にはしゃぎ始めた。何だろうと思ったら、ウーバーイーツの配達の人をリアルで初めて見たのだと言う。当時39歳になっていたけれど、あどけなさを感じさせるキャピキャピした笑顔は、彼女の魅力の一つ。エスコートする人を自然とうれしくさせてしまう技だと思う。

家から来る途中、小学生の男の子たちから質問を受けたことを教えてくれた。

電動車いすで駅に向かっていたら、帰宅途中の3人の男の子とすれ違った。その子たちが、背後から小走りに戻ってきて「すみません」と声をかけてきたという。

「あのう、この車いす、電気で動いているんですか、ガスですか?」

積んであった酸素ボンベが人工呼吸用とは想像できず、3人の間で“動力論争”が起きたようだ。こんな話をするとき、押富さんは本当に嬉しそうだ。外出が「障害者の理解」につながると実感できるし、本人も子どもに近い無邪気な感性の持ち主だからだろう。

ピンチ!電動車いすでお店に入れない?

裏通りにある「四季彩」というお店に着いた。入ろうとして、私の準備不足に気づいた。

電動車いすだと、入口の幅は70cm以上が必要。事前にお店に確認しギリギリセーフと思っていたのだが、引き戸の厚みで、ひっかかってしまうのだ。林さんの提案でドアを外したら、何とかバックで入店できた。すると今度は、通路の先に業務用冷蔵庫が置いてあって、また「70cm幅」を下回る。マスターが、重い冷蔵庫を懸命にずらして、どうにか通れるようにしてくれた。
 
このいきさつを押富さんはFacebookでこんなふうに報告している。
 
「ついにごはん食べれるか!と思いきや次なる敵が・・・。なんと業務用冷蔵庫が、笑えるぐらいのラスボス感。柱との幅、およそ60cm。何度も切り返して方向転換を試みるも、通れず・・・そこにマスター登場!」
 
押富さんにとっては、ハプニングも楽しみの一部。自分らしく自由に生きている時間なのだろう。この夜のレポートは実に13000字に及び、5回に分けて投稿した。

 久しぶりにビールを飲み、ご満悦な様子だった押富さん

久しぶりにビールを飲み、ご満悦な様子だった押富さん

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文=安藤明夫

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