それは2011年の東日本大震災直後に店に現れた自然派ワインの第一人者の故勝山晋作さんとの出会いから始まった。
当時、常連となった勝山さんは神田味坊の店先で梁さんと一緒に羊肉串を炭火で焼きながら過ごすのが常だったという。「味坊の料理を食べると、ワインが飲みたくなる」とよく話していたそうだ。しかし梁さんは最初、その意味がわからなかったという。なぜなら、彼はそれまでワインとは縁がなく、東北人らしく羊肉を食べるなら白酒を飲むものだと思っていたからだ。
勝山さんの下で働いていたワインショップ「グレープガンボ」の山崎尚之さんは「味坊は勝山さんに見つけられた店。ワインを置くようになって、美味しいラム肉がワインと一緒に味わえる店だとグルメの間で評判となり、若い人や女性も来店するようになった」と話す。
面白いのは、味坊集団の店では客は自分の好きなワインを冷蔵庫から取り出して飲むシステムであることだ。なぜなら「ぼくもそうだし、店の中国人スタッフもワインのことはわからないから」と梁さんは話す。
こういう鷹揚なところが、彼の魅力である。これまで何度か中国の南方出身の友人を連れて店を訪ねたが、彼らの目にも梁さんは朴訥でおおらかな典型的な東北人に映るようだ。
それは日本人に愛される中国人キャラクターというイメージにもつながると思う。だが、彼が愛されキャラとなったもうひとつの理由は、本人も言うように「日本人っぽいところがある」ことかもしれない。それは繊細さや研究熱心なところだ。
そういう資質がいかんなく発揮されるのは、梁さんが羊肉をメインに新しい料理を次々開発していくこともそうだが、店の看板やメニューを自ら手づくりするところである。商業美術を学んだキャリアから、自分でつくりたくなるのだという。その出来栄えは一見素朴だが、現地の風情や温もりがあふれていて、梁さんらしさが伝わってくる。
また自ら食材を確保するため、梁さんは農園経営も始める。その理由についても「コストはかかるし、少々見た目は悪くても、自分がつくった無農薬の野菜を店で使いたい」と話す。
新しいコンセプトの業態の店を続々とオープンする彼だが、食材を大切にするところは、母親の影響だという。幼少時、どんなに貧しくても、彼の母は手の込んだ美味しい料理をつくってくれたという。そんなわけで、彼は化学調味料を多用した昨今の若手オーナーたちが提供する新興「ガチ中華」には少々否定的である。