社会問題を芸術のオブラートに包み、考えさせるオペラの力
同作は20世紀の初頭、中頃、21世紀初頭と3つの時代に生きる3人の女性の人生とその愛を描いた作品であるが、オペラではそれらの異なる時代の物語を、並行して同時に舞台で見せていた。これは重唱で一人ひとり同時に違うことを語らせられる、オペラらしい技である。一方で、音楽の作り方は大変現代的で、台本も分かりやすく、予習などしなくてもセリフを追っていくだけですぐに話に入り込めた。オペラを知らない人でも、分かりやすい作品に仕上がっている。メトロポリタン・オペラがワールド・プレミア作品を上演するのは、2018年の「マーニー」以来のことだ。そうでなくても今年のラインナップには、かつてのメトロポリタン・オペラではなかなか見られなかったような作品が目に付く。例えば4月10日には、「チャンピオン」が初上演される。この作品は2013年に世界初演を迎えたアメリカの現代作品である。私はワシントン・ナショナル・オペラで2017年に上演された時にこの作品を観ているのだが、印象的な舞台だった。
セント・ルイス・オペラとジャズ・セント・ルイスの話し合いから生まれた作品で、Opera in Jazzと銘打たれているだけあって、ジャズがふんだんに取り入れられている。作曲はジャズと映画音楽の大御所、テレンス・ブランチャードが手がけ、彼が作曲した初めてのオペラだ。物語も現代的で、ジェンダーを批判されたことで人を殴り殺してしまったことのある、黒人でゲイのボクサーの人生が描かれている。
「めぐりあう時間たち」を含め、最近、ジェンダー問題をはじめ社会問題を真正面から扱う新作オペラは多い。昔からオペラはそうした複雑な社会問題を芸術のオブラートに包んで見せ、聴衆に考えさせることに長けていた。
例えば、人気の定番作品である「椿姫」。今はゴージャスなオペラの代名詞のように語られる本作品だが、発表された19世紀には、ドゥミモンドすなわちパリの裏社交界を描き、高級娼婦をヒロインとして登場させていることで、社会的な風刺が効いたオペラであった。
ジェンダー問題をはじめとする社会問題を、さまざまな形で柔らかく提起できるのは、オペラならではの力ではないだろうか。そんなことを考えさせられた。
今年のメトロポリタン・オペラは、ほかにも近代のオペラであまり上演される機会のないジョルダーノ作曲の「フェドーラ」の新演出や、「ムチェンスク郡のマクベス夫人」など、珍しい作品を多く取り上げている。ヤニック・ネゼ=セガンが、メトロポリタン・オペラの音楽監督に就任してそろそろ5年が経つ。その間、コロナ禍で1年間のお休みもあったが、彼の手腕がいよいよ発揮されてきたということだろう。
美しいプッチーニの「トスカ」やモーツアルトの「魔笛」といった定番の作品も新演出で多数上演されているが、合間合間にスパイスの効いた面白い作品が目に留まる。これからもメトロポリタン・オペラから、目が離せない。