同性愛、娼婦──社会問題を柔らかく提起できるオペラの実力

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2月に入り、立て続けに2本、おそらく滅多に観られないであろうオペラを観た。一つは古楽アンサンブル・アントネッロが主催したオペラ・フレスカ8「ラ・カリスト」、もう一つはメトロポリタン・オペラが昨年末、満を持して投入したワールド・プレミア作品「めぐりあう時間たち」の映画である。

「ラ・カリスト」はオペラの黎明期、ルネッサンス時代に作られた作品で、バロック・オペラと言われるジャンルに属する。一方の「めぐりあう時間たち」は、20世紀終わりに書かれた小説をオペラ化したもので、2つは生まれた時代もジャンルも異なる。

しかし両作品とも、音楽も演出も大変現代的で、性別を超えた愛もモチーフの一つにしているという点で共通している。いつの世も、人は同じテーマを抱えているということだろう。今回はそれら2作品を中心に、そこから見えてきたオペラが持つ力についても書いてみたい。

オペラは堅苦しくない 森の熊さんが歌われた「ラ・カリスト」

まずは、「ラ・カリスト」について。バロック・オペラはどうもジャズに近い、と観るたびに思うのだが、「ラ・カリスト」もそうであった。特に本作は当時楽譜が出版されておらず、作曲家のカヴァッリとその夫人が殴り書きした手書きの譜面が残っているだけだった。そこに、古楽集団アントネッロによる補筆が行われた。声部の補筆だけでなく、同時代の作曲家の作品を組み合わせたりして、全体として聴きやすさが増していたと思う。

この作品は、1651年に作曲されたイタリア語の作品である。今回も基本はイタリア語での上演だったが、ちょっとしたところに日本語のセリフや寸劇がセンス良く織り交ぜられていて、分かりやすい演出と相まって楽しい仕上がりになっていた。

熊が出てくる場面では、なんと「森のくまさん」まで歌われたのだが、その取り入れ方が絶妙で、会場は笑いに包まれた。オペラは堅苦しいものではなく、何よりもエンターテインメントであることを、心から感じられる瞬間であった。

会場は、美しいパイプオルガンがそびえ立つリリア音楽ホール(川口市)。舞台の上に古楽アンサンブルが乗っていることを逆手に取り、パイプオルガンすら投影先として使うプロジェクション・マッピングを用いた舞台づくりは、シンプルでありながら見た目にも美しかった。
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文=武井涼子

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