デジタルとリアルの「ファンの居場所」
こうしたファンダムカルチャーの形成は社会のあり方や時代への倫理観と切れない話だが、先でも触れたSNSに加え、ストリーミングサービスの存在が大きく、デジタル化とファンダムカルチャーは表裏一体で生まれたものだという。「音楽市場に対する悲観的な声が数年前までは聞かれましたが、ストリーミングが寄与し、グローバル市場においては8年連続のプラス成長を遂げています。日本でもストリーミングが主流になりつつあります。とはいえ、ストリーミング音源を聴くことは、CDやレコードの購入に比べると、愛着と消費が結びつくわかりやすい行動ではありません。だからこそ、ファンが支援をかたちにし、作り上げるファンダムカルチャーが成長しやすかったのではないでしょうか」
ストリーミングや動画および音源投稿サイトによって、コンテンツが激増し、個人の趣味嗜好は分散した。SNSなどを介してファンはつながるが、やはり実感としての「証明」を欲望しているのだろうか。
「最近取材したなかでの興味深いトピックとして、『ライブのあり方が変わってきている』という話があります。アーティストにとって、アルバムを引っ提げてツアーをすることは、ある種の収益回収の場でした。しかしコロナ禍を経て、その姿勢を続けているアーティストは少し動員が落ちている傾向がある一方、自分の好きなファンが集まる『居場所』としてライブを作っている人たちは動員が戻ってきている傾向がある。ライブは、アーティストのファンが集まる場所であり、アーティストがファンに居場所を提供することの価値がより高まっているのではないか、という話でした。音楽市場でも、デジタルとリアルで、ビジョンや信頼性、居場所を提供することが鍵になっていくのではないでしょうか」
デジタルアイデンティティと全体の行動支援
ここまでは分散型時代の人々が何を求めるかを「拠り所」と「消費」から追ってきた。特に、柴の話で顕著だったのは、現代の拠り所消費とデジタル領域は切っても切れないということだ。では、DX(デジタルトランスフォーメーション)分野でアーキテクチャとルールメイキングを手がけるプロフェッショナルは、これらの動向をどのように見ているのか。著書『アフターデジタルーオフラインのない時代に生き残る』を19年に上梓して以来、DXとUX(ユーザーエクスペリエンス、顧客体験)の理想的なモデルを提唱し続けるビービット執行役員CCO(Chief Communication Officer)兼東アジア営業責任者でUXデザイナーの藤井保文は「サービスを構築する際には、企業のブランドに人が共鳴することがまず重要で、その上で、明確な指標もないなかでそれぞれが魅力を見出す『意味性』と、わかりやすい指標の下でサービス同士の競合が生まれやすい『利便性』の2つをわけて考えることが大切」と説く。どういうことだろうか。
「社会的ペインを解決して不便を便利にすることが『利便性』です。例えば、日本にも高齢化と人口減少によって起きる要介護層の増大など様々なペインがあり、効率的なプロセスを設計して解決する必要があります。ただ、それとは別に個人の心地よさや趣向に寄り添った『意味性』という、指標の難しいところを支援する仕組みが必要です」
鈴木、柴、両氏の発言にもあったが、現代は個人の趣味嗜好が分散しマス(大衆)という感覚がない。共通の理想像ではなく、それぞれが理想像を持つ時代だ。また、生活様式も十把一絡げで語ることはできない。ユーザーそれぞれの行動様式をつぶさに見ながら、それぞれが幸福な状況をいかに作り出せるかが重要だという。そこで重要となるのが、人が持つ様々な属性を情報としてまとめ上げる「デジタルアイデンティティ」を前提としたサービス設計をどのように行うかである。