経済

2023.02.17 09:00

キーワード「SBNR」から考える。消費、つながり、社会、どう変わる?

藤井風と「全人格消費」

「拠り所」に焦点を当てた場合、注目すべき事例は近年のアーティストのあり方だろう。著書『ヒットの崩壊』などで知られる音楽ジャーナリストの柴那典は「近年、支持されるアーティストたちを見ていると、ひとくくりにはできないものの、多くは誠実さや一貫性と、理想的な世界観を発信していくビジョンを含んだメッセージ力を持っている」という。

カリスマ的といわれたり、作品が強い共感を得られたりすることで人気を誇るアーティストは以前から存在した。これまでの違いについて柴が例にあげたのが、ミュージシャンの藤井風だ。

「藤井風は自身のビジョンや内面性を言語化して、ファンやリスナーに伝えることに躊躇がありません。その際たるものが、デビュー曲『何なんw』のリリース後に、自身のYouTubeチャンネルに投稿した同曲のセルフ解説動画『“何なんw”って何なん』です。こうしたメッセージをデビュー直後のアーティストが発信することは稀で、動画のなかで言及されている『ハイヤーセルフ』という言葉は、その後の曲も含め彼の歌詞概念を理解するうえでの重要なキーワードになっています」

ハイヤーセルフは藤井風曰く、エゴや利己心、嫉妬などというネガティブな感覚とは無縁の存在である神様や天使やヒーローとも言い換えられる一人ひとりのなかに内在しているものだという。そして、人生が善き方向に進むように自らに語りかけてくる存在でもある。これは「SBNR」とも親和性の高い、個々の心の豊かさや、豊かになろうとする心を支援する言葉にも見える。

「この概念がより強く出ているのが、22年10月にリリースされた最新曲『grace』でしょう。ファンなら彼の言うハイヤーセルフとの対話の曲であることが想像できますし、実際にファンダムではそう理解されている。海外も含めれば他にも例がありますが、J-POPのヒットチャートのトップにいるようなアーティストでここまでスピリチュアルなメッセージを躊躇なく発している人は本当に例がないと思います」

自らの曲とメッセージを媒体化し、そこに意義を強く付与することで、共感したファンたちとの関係性が構築される。またファンたちは、新たな曲を聞くたびに歌詞に潜むハイヤーセルフを探し、理解というかたちでファン同士の絆も深め合っていく。

こうした人格や発言の誠実さがアーティストに求められるのは、SNSでの反ユダヤ発言をしたカニエ・ウェストへのバッシングの集中や関係企業が相次いで契約解消したことにも見られるが、「音楽がよければ社会的に容認できない行動や発言をしてもいいという価値観はもうありません。それは音楽に限ったことではなく、インフルエンサーカルチャー以降の俳優や声優なども含めアーティストは、『全人格が消費の対象になっている』と考えられます」と柴は話し、次のように言葉を続ける。

「音楽フェス『サマーソニック』で今年、LGBTQ(性的少数者)当事者であるRina Sawayamaがステージで『日本は同性婚ができないG7唯一の国』と権利侵害に対して明確にメッセージを放ち、SNSで拡散もされ、耳目と支持を集めました。こうしたタイプのアーティストは、アメリカやイギリスで広い支持を集めています。

もちろん、これまでも政治的な発言や社会に対しての発信をするアーティストはいましたが、SNS時代という起点を一つおくとレディー・ガガの存在は大きい。Rina Sawayamaもガガに多大な影響を受けています。ガガは、自分を『マザーモンスター』、ファンを『リトルモンスター』と呼んでいる。つまりアーティストとファンとの関係に名前を与えた人なんですね。これもファンへの居場所や拠り所の提供と言えるはずです。それがSNSを通して可視化されるわけです」
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文=花井優太 イラストレーション=ジャコモ・バグナラ

この記事は 「Forbes JAPAN No.101 2023年1月号(2022/11/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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