虎から下りない指導者は中国国民の団結を生むか

騎虎難下。胡錦涛退場の党大会動画を見ながら、中国人の友人が呟いた。「虎に跨ったら下りることはできない。下りたら食い殺されてしまうから。虎とは権力のことだ」

衝撃的なあのシーンの真相は外部からはうかがい知れない。目線に違和感を覚えさせる胡氏の様子には、健康状態に問題があるようにも感じられた。

「外国人はみんなそう言うが違う。胡さんは昔チベットで党書記をやっていた。チベットは高地で紫外線が強いので目をやられたんです。健康状態に問題はない」

ひな壇に居流れた最高幹部が、怒りを含んだような様子で退場する胡氏を無表情に無視する態度も気になった。傍目には習近平氏の権力が盤石になった瞬間のように映る。「違うね」。友人が言う。「軍の幹部には胡錦涛シンパが多い。リベンジ始まるよ。シ(習)さんはこれから大変だ。だから絶対、虎からは下りない。すごい権力闘争になるね」

翌週、別の中国人ビジネスマン趙さんと新宿で落ち合った。2年半ぶりの来日だった。駅前にあふれかえる人混みを前に「大丈夫ですか? マスクはつけているけど、コロナ前と同じ人出じゃないですか」。いまの中国では絶対考えられない。マンションにひとりでも感染者が出たら建物全部が封鎖されるし、夜になれば通りはガラガラだ。「公務員の友人はほとんど毎日PCR検査を受けている。夜、スマホに緑色の通知が来ればOK。でないと翌日は出勤できない」

これでは中国経済は大変である。国内外のヒト、モノ、おカネの動きが滞り生産も消費もガタ落ちだ。根雪のように横たわる債務問題も深刻である。四川省を筆頭に地方財政は破綻に近い。国際決済銀行の想定では、中国の総債務額は339兆元(約7000兆円)に上る。加えて巨額の隠れ債務が潜むという。その主犯ともいうべき不動産債務は、歴代の政権が無理やりねじ伏せてきたが、それにも限界がある。債権債務問題は物理的現象でもある。風船が膨らみ続けることはできない。いつかは破裂する。

少子高齢化も急速に進んでいる。一人っ子政策を廃止して8年たつが、一向に出生率は上がらない。来年には人口世界一の座をインドに譲りそうだ。他方で高齢化が進み、財政難の下で福祉経費も増大していく。人々の格差も縮まらない。

ITやDX化が進む中国だが、ここでも政治優先が今後の成長に影を落としている。日常生活の隅々までDX化される一方で、巨大IT企業と政治の微妙な関係や社会監視の強化が人々を寡黙にさせている。
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文=川村雄介

この記事は 「Forbes JAPAN No.101 2023年1月号(2022/11/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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